悠翠徒然

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扇風機を買いました

2016-05-27 18:56:18 | Weblog
見た目で選んで買いました。

ほとんどの扇風機が白なので、部屋に置くと目立ってしまうので、ブラウン系を選んだのです。

機能は最小限。

モーターも最新式の静かで省エネタイプではありませんが、これで十分です。

今日は肌寒いので出番はなしかな

昔の平町商店街の写真とマップが転がっていたので拾ってきました(笑)

2016-05-27 18:04:58 | Weblog
まず、駅前から平町商店街の奥の方をみるアングルでの写真



昭和三十年代なのか四十年代なのか、、、

右手には大菊総本店の看板が見えます。

他のお店はほとんど代わってしまいました。

懐かしいです。

当時の記憶を頼りに後から作ったマップはこちら



おっ!

よく見ると我が実家も載っていました(笑)

我が家は昭和初期からあったのですが、当時の記憶をお年寄りが忘れずにいてくれたのでしょう。

嬉しいことです。






オバマの演説をテレビで見ながら考える

2016-05-27 17:58:06 | Weblog


あの3.11から何年か経ったことし

熊本で地震

何が出来るのか 俺、、、、

色々やってきたようで、何もしてきていない感じがするのは、やり切れた感じがないからでしょう。

またそんな思いをするのかもしれません。

それでも、やれることはやりたい。

背負う物がまた増えるかもしれませんが、それでもやらないよりはマシ。

何故ならそれは自分に嘘をつかないことだから。





懐かしい

2016-05-27 12:17:17 | Weblog


子供の頃に憧れの車

『トヨタスポーツ800』

小さくて軽いクルマがいいんだよなぁ~


本日の一文字

2016-05-27 06:22:55 | Weblog


王羲之の『趣』を臨書してみました。

ちょっとだけアレンジ加えてしまった感じの仕上がりです。

自分が面白いと感じてこれまでやってきた事はどんな事なのでしょう?

個々に分けると、それぞれの時代の趣味だったり、マイブームだったりというくくりであげる事は出来ます。

音楽や映画の鑑賞、オーディオマニアになった時期もありましたし、カメラや8ミリにはまってプラモデル使ったジオラマや、兄弟やいとこに出演してもらって自主映画を撮った事もありました。
乗る事も大好きですが、バイクをバラしたり組み立てたりもしました。
車のドライブも大好きですし、筑波サーキットや富士サーキットをアクセル全開で走った事もあります。
ギターを習得しようと頑張ってみたものの上手くならずに断念し、ドラムに転向したらこれにはまってお金もらうまでになったりしました。
小説家になろうとして原稿用紙を買い込み、勢いつけて書き始めるのですが、翌日それを見直すとその稚拙さに腹が立ち、原稿用紙をぐしゃぐしゃに丸めてまた書き直すことを繰り返しているうちに、書く事の情熱が消えてしまう、、、
結局、原稿用紙をぐしゃぐしゃに丸めたかっただけだったのかも(笑)
サッカー部に入ってもレギュラーになれず、剣道部でもレギュラーになれず、気持ちが萎えて断念、、、
若い僕は、才能の無い自分から逃げ出したのでしょうね。

ものになった事はほとんど無かったなぁ~というのが実感です。

耳の良いオーディオ評論家になりたかったし、自由な感じを漂わせるカメラマンや映画監督になりたかった。
有名なサッカー選手にも強い剣士にもなりたかった。
かっこいいギタリストとしてステージに立ちたかったし、プロドライバーとして世界のコースで活躍したかった。
そして、地味でもいいから物書きになりたかった。

あ、地味な物書きは、今ここで実現しているのかも(笑)

逆に周りより才能があったのに、全く興味が湧かなかった事もありました。

絵を描く事は得意でした。
料理を作る事も得意でした。
人を笑わせる事も得意でした。

でも今考えると、それぞれの道は競争も多いイバラの道です。

選ばなくてよかった(笑)

だって、今やっていませんから。

つまり、私の場合、才能があったとしてもなかったとしても、興味がわかない事を仕事にする事は出来ないと言うこと。

次に、長続きしないことも仕事には出来ないと言うこと。

私はドラムを叩くことが好きなのか?
筆で文字や文章を書くことが好きなのか?

好きです。

でももっと興味深く好きな事がある事に気がつきました。

それは人が集まる場所を提供して、そのそばにいる事。

絵を志していたら美術館や画廊に、料理を志していたなら料理屋さんか料理学校に、お笑い芸人を目指していたら、演芸場にいたでしょうね。

場合によっては作っていたのかもしれません。

ドラムを叩く事から、バンドが練習できるスタジオをつくり、録音できるレコーディングスタジオをつくり、ステージで発表できるライブハウスをつくり、CDを発売できるレーベルをつくり、楽曲を管理できる出版社も作ってきたのです。

そこには多くのバンドマンが集まってきます。

バンドの演奏を聴きに多くのファンが集まってきます。

そんな場所を提供したかったのです。

そしてそこのそばにいる事が幸せです。

そばにいられる感覚を養うためにも、今でもドラムを叩いているのかもしれません。

叩きすぎは、手や指には良く無いですけどね(笑)

書道教室も、書道を愛する人や書道を必要とする多くの人たちが集まってきます。

子供達の汗と墨の匂いでむせっかえるような教室の空気がたまらなく懐かしい(笑)時もあれば、
真剣に紙に向かう塾生諸君のエレガントな姿勢がとても眩しい時もあります。

そんな場所にいられる幸せを日々感じています。

そのために日々書技と感覚を磨いているのかもしれませんね。

目的は、和翠塾の書法と書体を日本全国に広めて、多くの日本人に書道をアイデンティティとして身につけていただく事です。

そしてそのアイデンティティを持った若者たちが、必ずやこれからの日本を住みやすい幸せな国にしてくれると思うのです。

杉山悠翠としての夢はその一点にあります。

ゆえに、塾生全員に指導者になっていただきたいのです。

近所の子供達集めて書道教室開くのもよし、お子様に教えるのもよしなのであります。

生涯書道で社会と関わりながら、充実して生きている事ができるとおもうのです。

私達がその見本とならねばいけませんね(笑)

充実している事は間違いないです!

後は元気で長生きする事のみ~

『元気があれば何でも出来る!』

当たり前の事ですが、アントニオ猪木はいい事言いますね~(笑)













本日の名言

2016-05-27 05:48:21 | Weblog

『シンプルさは全てのエレガンスの鍵』

波乱の人生を歩んだココ シャネルの名言です。

シャネルスーツの基本的な考え方は、それまでの窮屈な服装から女性を解放することだったそうです。

第二次世界大戦後急速に広がる男女平等主義において、動きやすい服装は女性の社会進出に拍手をもって迎え入れられたとのことです。

そのシンプルな考え方の中に、『エレガンスの鍵がある』と言っているのでしょうか。

書の基本は、文字と文章を使って、第三者に書き手の気持ちを伝えることが基本です。

そこに感情が宿り、形が崩れたり、誤字脱字があったとしても、芸術としての書はそちらを優先します。

感情を込めた結果が、現代人に読めないものであるならば、それは自己満足の作品でしかなく、発表する機会を与える必要はないと考えます。

作者の死後、『こんな物も書いていたんだ』程度の扱いでよろしいと思います。

現代において発表する作品が、現代人が特殊な知識を学習していなければ読めないようでは、自己満足な作品と言わざるを得ないと思うのです。

もちろん読めなくても、『なんとなく良い』とか『感じるものがある』とかの感想を抱いていただく事はありがたい事です。

しかし、書の基本である書き手の気持ちをその文字と文章の意味を使って伝えることができなければ、その書にエレガンスは生まれてこないでしょう。

それは発表する作品の宿命として、多くの人から注目され、ため息をつかれ、共感や反感を抱かれると言う、作者と共に丸裸で晒される現実があるからです。

それが多ければ多いほど、長ければ長いほど、作品は成長していきます。

作者の人生を探られ、レントゲンにかけられ、色んな人が勝手に語ったりしてくれればしてくれるほど、作品は高みに昇っていくのです。

それでも、当時の人に読むことすらできなければ、伝えるきっかけをつかめず、アトリエの片隅に追いやられてしまうでしょう。

書は絵画ではないのです。