祇王は、いずれこの屋敷を出されることは覚悟はしていたが、、昨日の今日とは思いもよらなかった。清盛は「早く出よ」としきりに言われるので見苦しいものを片付けた。別れは悲しいのが世の常。まして3年も住みなれた所。名残惜しく悲しく涙がこぼれる。居なくなった跡の忘れ形見に襖に泣きながら一首の歌を書いた
「萌え出づるも、枯れるも、同じ野辺の草、いづれか秋にあはで、はつべき」
(春に草木が芽をふくように、仏御前が清盛に愛され栄えようとするのも、私が捨てられるのも、所詮は同じ野辺の草、、白拍子。どれも秋になって果てるように、誰が清盛に飽きられないで終わることがあろうか)