🔶古老が言われた。「平清盛は乱暴者だと思うが、じつは慈恵僧正の生まれ変りである」
■摂津国に清澄寺という山寺がある。その寺に【慈心房尊恵】という僧がいる。この僧は、もとは比叡山の学僧で、法華経を受持し読誦した者であるが、道心を起こし比叡山を去って、この清澄寺に来て年月を過ごした
■承安2年(1172)12月22日夜、脇息(脇に置いてもたれかかる安息用具)に寄りかかり法華経を読誦していたが、午前2時、浄衣に烏帽子をかぶった男が書状を持って来て
「私は閻魔王宮からの御使いである。閻魔王の宣旨があります」
と言って、書状を尊恵に渡した
■書状
「御招待する
南閻浮提大日本国摂津国清澄寺の
慈心坊尊恵
右は来る二十六日、閻魔城大極殿において、十万人の持経者をもって、十万部の法華経を転読されるはずである。それゆえ参ってお勤めなさるべきである。閻魔王の宣旨によって、まげておいでを請うこと右のとおりである
承安二年十二月二十二日 閻魔庁」
尊恵ためらう事なく承諾を書いて奉った、、ところで夢から醒めた
尊恵はまったく死んだ気がして、住職に話した
■尊恵は25日夜、いつも念仏を唱える仏前に行って、脇息に寄りかかって念仏読誦をする
0時になって非常に眠くてたまらないので、部屋に帰って伏した
午前2時、前のように浄衣装束の男が二人来て「さっさとおいでなさい」と勧める。閻魔王の宣旨を辞退するのも畏れ多いので、王宮に参ることにした
法衣は自然に身にまとわり
二人の童子
二人の従僧
十人の下僧
七宝で飾った車
が門の前に現れ、尊恵は喜んで車に乗った。車は西北方に向かって空を走り、間もなく閻魔王宮に到着した
■尊恵はその日の法会が終わり「めったに参れないところだから、ついでに死後の世の事をお尋ねしよう」と思って、大極殿へ参った
いつの間にか二人の童子が傘をさしかけ
二人の重僧が箱を持ち
十人の下僧が列をつくっている
閻魔王宮に近づく時、
閻魔王、冥官、冥衆は、神殿から下りて迎えた
多聞天、持国天が二人の童子となって現れ
薬王菩薩、勇施菩薩の二人は老僧となって現れ
十羅刹女は十人の下僧となって現れ、世話をなさった
閻魔王は尊恵に尋ねた
「ほかの僧はみな帰ったのに、あなたがここに来たのはどうしてか?」
尊恵
「死後の世界で生まれ変わる所をうかがうためです」
閻魔王
「極楽に往生するかしないかは、その人の信仰・不信仰によるのだ」
などといろいろな話をする
それから
「あなたの作った行を記した文箱が、南方の宝蔵にある。取り出してその文を読んで聞かせましょう」
と、ことごとく読んで聞かせた
尊恵は悲しみ、嘆き涙を流して
「ただ、ただお願いです
私を憐れみ、生死の苦しみある世界から離脱する方法を教え、大きな悟りを得る近道をお示しください」
閻魔王は憐れみ種々の偈を口ずさんで、尊恵を教化した。冥官は筆をとってこれを書いた
妻子王位財眷属
死去無一来相親
常随業鬼繁縛我
受苦叫喚無辺際
(妻子、王位、財産、一族、家臣も
死ねば何一つ来て親しむものはない
常に従うのは業鬼
我を束縛し、責め苦を受け、叫び、わめくこと果てし無い)
閻魔王はすぐその文を尊恵に授与した
尊恵は喜び
「日本の平清盛と申す人が、摂津国和田の岬を選定して、十余町四方に家屋を造り、法華経の持者を大勢召請し、説法・読経をさせ、丁寧にお勤めをされました」と申した
閻魔王はたいへん喜び感嘆して言った
「あの清盛はただの人ではない。慈恵僧正の化身だ。天台の仏法を護持するために、日本に再び生れたのだ。ゆえに自分が毎日三度、清盛を礼讃して読む文がある。この文を持ち帰って、清盛に差し上げよ」
敬礼慈恵大僧正
天台仏法擁護者
示現最初将軍身
悪業衆生同利益
(慈恵大僧正に敬礼する
慈恵は天台仏法の擁護者である
再誕の清盛は最初将軍の身となって現れ
悪業を積んで、その悪業の罪深さを衆生に知らせ
慈恵と同じく衆生に利をあたえた)
【反面教師?】
尊恵は生き返った
尊恵はこの文を持って、西八条へ参り、清盛に差し上げたところ、清盛は喜んだ
それで清盛は慈恵僧正の再誕だと、人は知ったのであった