るるの日記

なんでも書きます

若いと若さが心に余裕をつくる、老いると余裕がなくなり焦り絶望する

2022-03-28 07:40:13 | 日記
法然の9歳からの目的は生死を超えて、安心立命を得ること

法然43歳。恵心僧都の「往生要集」を読んだ時、光明が彼の胸奥を照射した。それまで懐疑・懊悩・暗黒の時代だった
そして往生要集に導かれて、善導和尚の「観無量寿経疏」を読んで、真信打発した

法然が「往生要集」を読んだのはこれが初めてではない。師の叡空とも往生要集について議論しているし、26歳のときは関白藤原忠通の前でこの書を説いている。しかしこの時の法然はまだ心境に余裕があり、充分貧しくなっていない。まだ智にたのんで、智に絶望していない。
「まだ、どうにかなる」とかまえていた

43歳の時には法然は焦りに焦り、観念や智では到底生死を超えられない、これまで行った如何なる方法も自分の機ではない。他人はともあれ、自分はそれらでは往生できない、、絶望し切った
今生での現実の日々の意義がわからない!わからないまま自分は日々老いていく!


いくら才能があっても知識があっても、機が熟さなければ、なるようにはならない

2022-03-28 07:06:27 | 日記
法然24歳は、生死を超える=安心立命=魂の救済を得る目的はまだ達成できていなかったので、師の叡空に暇乞いして黒谷を立ち出た。もう学ぶことがなくなったからである

他流の南都、醍醐、お室などの名家を訪ねたが、法然を納得せしめるものは無く、法然は失望し再び師の叡空のいる黒谷へ帰った

法然は目的達成の要求をもって書を読むので、鵜呑みにするのではなかった。だから書をあさり尽くしても法然の要求を充たすに足るものは見つからなかった

これは本当はまだその時機が到達していなかったからである。機が熟していなかったからである
法然はまだまだ若い。もっと懐疑し、煩悶しなければならなかった

サイキックな法然

2022-03-28 06:40:34 | 日記
法然は
謙虚さと大胆さを併せ持っていた
それは理からおこる
そして無私で理性的

本当に謙虚な人は必ず一面は大胆なものである
謙虚とは媚やへつらいではなく
法のためには己を曲げないという強靭さが生じる
大事な時にはけっして自分を曲げられない。平生は謙虚にしていたくなるものである

法然は師の叡空とも法のために度々議論を闘わし、執拗で決して妥協しなかった。破門されかかった程である

晩年は念仏三昧になって、心霊的な輝きを帯びていった
頭から光を発したり、両目から光を発し、灯火なくても読書をしたり、虚空を歩いたりした等サイキック的事実が非常に多く、霊的雰囲気に包まれていた