
【連載】呑んで喰って、また呑んで(65)
スウェーデン娘3人が居候
●日本・東京
新しい住まいには不思議と外国人の居候が多かった。国別で多かったのは、スウェーデンである。最初にやってきたのが、スウェーデンの2人組だった。ある日、デューク雪子さんから電話が。スウェーデンから2人来ることになったのだが、あいにく彼女は出張で東京にいないらしい。
「そんなわけで、あなたのところに1週間ほど居候させてよ」
「えーっ、2人も」
「労働組合の機関紙で働いているカメラマンと記者なんだけど……」
何、労組? どうせ陰気臭いおっさんに違いない。それも2人である。
しばらく返事を渋っていると、雪子さんがこう付け加えた。
「2人とも若い女性よ」
「はい、どうぞ!」
数日後、雪子さんに連れられて彼女たちがやって来た。雪子さんは仕事があるというので、すぐに引き揚げた。彼女たちの名前は忘れてしまったが、両方とも瘦せっぽちで、物静かである。日本に何をしに来たのか尋ねても、要領を得ない返事をするばかり。ただ日本の労働組合の誰それに会いに来たということだけは分かった。
その夜、いつものように向かいの焼鳥屋に連れて行ったが、飲食にあまりというか、ほとんど興味がなさそうである。確か酒も呑まなかったし、焼鳥もじつに不味そうにかじっていた。1週間ほどして帰国したが、一体どんな女性たちだったのか、ほとんど記憶に残っていない。それだけ影が薄かった。
彼女たちとは正反対だったのが、同じくスウェーデンから来た3人組である。外務省に勤める友人Tの紹介だった。Tはストックホルムの日本大使館に勤務したことがあり、スウェーデン語も達者だ。
「僕のところでもいいんだけど、もうすぐ結婚するからダメなんですよ」
婚約者の手前、女性を3人も泊まらせるわけにはいかないのだそうだ。ま、もっともなことである。
「で、彼女たち、いくつぐらいなの?」
「うーん、みんな二十歳ぐらいかな」
「早く、それを言ってよ」
「で、どうします?」
「喜んで!」
労組の2人組が痩せていたのに対し、この3人組は揃いもそろって太っていた。といっても、いわゆるデブではない。彼女たちの名前何だったか。確か、金髪はカリンだった。茶色がアンナ、もう一人はマリアだったと思う。さて、6畳間に私も含めて4人が並んで雑魚寝するので、狭いのなんの。寝返りもうてないではないか。おまけに夏である。
4人の体温も加わって、まさにサウナ状態。もう恥ずかしいとは言ってられない。私はパンツ一枚。彼女もTシャツにパンティー姿だ。こうなると、かえって色気も何も感じないから、不思議である。
私のところにスウェーデン娘が3人も居候しているという噂を聞きつけて、悪友たちが遊びに来た。しかし、暑苦しいので、追い返す。あ、そうそう。言い忘れていた。彼女たちは看護婦、いや訂正、看護師である。休暇を利用して神秘の国ニッポンに遊びに来たというわけだ。
紹介したTは一度だけ顔を見せたが、あとは全部私に任せっきり。私もできるだけ干渉しないことにしたので、彼女たちも自由気ままに東京、というか高円寺を楽しんでいた。普通の観光旅行には興味がないらしい。それにお金を使いたがらないので、近所を散歩するぐらいか。そんな彼女たちがもっとも気に入った場所があった。
「私、セント―、大好き」
と、金髪のカリンがうっとりした目で言う。そう、銭湯である。
「どこが気に入ったの?」
「だって、みんな裸でしょ。最高よ!」
マリアが口を挟む。
「日本人はシャイだと思っていたけど、セント―では他人の前でも裸になって平気なのね。そこが面白いわ」
ちょうどアシスタントのNさんがいたときなので、夕方になると、彼女に引率されて近所の銭湯に汗を流しに行くのが習慣になった。銭湯から戻れば、もちろん焼鳥屋で一杯。金髪3人組とNさん、それに私が毎晩のように焼鳥屋でジョッキの生ビールをあおったものだ。そして部屋に戻って雑魚寝である。
朝、目覚めると、3人組が台所にいる。いつも先にシャワーを浴びていたので、彼女たちの頭にはバスタオルが。香ばしい匂いが部屋中に漂う。コーヒーの香りとトーストの焼けた匂いだ。そして、ベーコンと目玉焼き。朝食係は彼女たちに任せていたので、私はというと、ひたすら「私、食べる人」だった。
そんな不思議な同居生活が3週間ほど続いたろうか。今思うと、懐かしさがこみあげてくる。しかし、今はどうか。妻は料理をしないので、完全に「私、食べる人」。ああ、悲しいかな、私は三食とも「私、つくる人」に落ちぶれてしまった。あの頃が、すっごく懐かしい。天国だったのかも。(つづく)