【連載】桑原玉樹の「腹ふくるるわざ」⑧
東京五輪開催は「普通でない」?
桑原玉樹(まちづくり家)
尾身会長はパンデミックと言うが…
政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は6月3日の参議院厚生労働委員会で、東京五輪・パラリンピックについて、
「こういうパンデミックの中で開催するということが普通でない。それを開催しようとしているわけで、開催するのであれば、政府もオリンピック委員会もかなり厳しい責任を果たさないと、一般の市民もついてこないのではないか。開催するなら、そういう強い覚悟でやってもらう必要がある」
と強調した。
パンデミックについての定義は明瞭ではないようだが、WHО(世界保健機構) の緊急事態対応のまとめ役であるマイク・ライアン氏は3月9日の会見で、パンデミックの一般的な定義を「国から国へと感染が広がっている状態で、その広がりを制御できない状態」と定義している。
その定義はともかく、6月4日の「羽鳥慎一モーニングショー」(テレビ朝日)で、気になる発言が。コメンテーターの玉川徹氏が、こんなことを言っていた。
「オリンピックを開催できるには明確な基準を示すべきではないか。例えばステージ3以上では開催しないとか……」
困った人である。
日本はステージ3、世界はステージ4
さて、尾身会長と玉川氏に世界の感染状況をどう認識しているのだろうか。
図1のグラフを見てもらおう。札幌医科大学医学部附属フロンティア医学研究所ゲノム医科学部門が作成したグラフに、私が日本のステージ判定基準の一つである「過去1週間の新規感染者数」を挿入したものだ。
全世界平均ではステージ4であり、日本はステージ3である。ちなみに、ステージ3を下回るのは、インドネシア、韓国、オーストラリア、そして中国程度である。
つまり、感染状況を世界的に見ると、日本は低い水準にあるのだ。なのに日本で医療体制の逼迫が声高に叫ばれている。不思議なことではないか。玉川氏よ、「ステージ3だからオリンピックは中止する!」と世界に宣言せよと言うのか。
▲図1
ワクチン接種が進んでもステージ4?
また図2も図1同様、札幌医科大学のゲノム医科学部門が作成したグラフに、私がステージのラインを挿入したものである。ワクチン接種が進むにつれて新規感染者数がどのような推移をたどってきたかを示したものだ。
日本は、ワクチン接種率は 10%程度に留まり、新規感染者数からはステージ3ではあるものの、世界的に見たら新規感染者数は相変わらず低い水準にあることがわかるだろう。
イスラエルは接種率が60%近くになったら感染者数が急激に減少した。終息したと言ってもよい。しかし、カナダ、イギリス、アメリカ、ドイツ、イタリア、フランスなどワクチン接種が進んでいても、まだステージ4の水準であることがわかる。バーレーン、チリなどでは、むしろ新規感染者数が増加しているのだ。
欧米ではワクチン接種が進んで感染は収束に向かっていると喜んでいるようである。しかし、日本から見ると、まだまだステージ4から踏み出せない。これは一体どういうことなのか。日本の基準が厳しすぎるのか。それとも本当は欧米のレベルも「収束しつつある状況」と言っていいのだろうか。
▲図2
「努力しない」宣言?
このような現状を踏まえてもなお、尾身会長は「国から国へと感染が広がっている状態で、その広がりを制御できない状態」、つまりにパンデミックだからオリンピックは開催すべきではないと主張したのか。
世界ランク2位の大坂なおみが全仏オープンテニスを棄権したことは残念だったが、世界のスポーツ界は新型コロナウイルスの感染に注意しながらも大会を開催しようと懸命な努力をしている。
日本医師会と尾身氏の分科会はどうか。「国民には自粛に努めてもらうが、自らは医療体制を強化・整備する努力をしない」「オリンピックで特別の医療体制をとることには協力しない」と宣言しているとしか思えない。
【桑原玉樹(くわはら たまき)さんのプロフィール】
昭和21(1946)年、熊本県生まれ。父親の転勤に伴って小学校7校、中学校3校を転々。東京大学工学部都市工学科卒業。日本住宅公団(現(独)UR都市機構)入社、都市開発やニュータウン開発に携わり、途中2年間JICA専門家としてマレーシアのクランバレー計画事務局に派遣される。関西学研都市事業本部長を最後に公団を退職後、㈱千葉ニュータウンセンターに。常務取締役・専務取締役・熱事業本部長などを歴任し、平成24(2012)年に退職。現在、印西市まちづくりファンド運営委員、社会福祉法人皐仁会評議員。