【連載エッセー】岩崎邦子の「日々悠々」(62)
その昔、といっても大昔ではないが、夫たちはゴルフが終わると、Kゴルフ場から15分ほどの市川の我が家にやって来て麻雀が始まったものだ。人数も4人なので、卓を囲むにも丁度良いということだ。
さて、飲む人にはまずビールとおつまみだが、ご馳走などいらない。腹ごしらえ的にはカレーとおにぎり、手軽なほうが喜ばれるので、主婦としての負担は少なかった。やがて、ゴルフ疲れとアルコールで眠気がやってくると、そのうちの誰かが言う。
「奥さ~ん、代わってください」
「負けが込んでも知りませんよ」
と私が一言。
次々と交代しながらも、夜更けまで遊んでいられたのも、まだ夫が若かったからだろう。その後、転勤があったりしてのサラリーマン生活も年月が経った。今の住まいに移ってからというもの、麻雀はすっかりお見限りである。でも、ゴルフだけはホームコースが近いこともあって、一人で出かけては、そこで知り合った人とのプレーを楽しんでいた。
60代半ばになると、仕事のストレスなのか加齢なのか、酷い腰痛に悩まされるように。もうゴルフどころではなくなった。整体・マッサージ・針灸に通い、整形外科で進められた器具を使っての逆さ吊りという荒治療を受け入れたこともあった。何をしても効果はなく、身動きが取れなくなり、救急車を依頼してシーツにくるまったまま、病院行きという騒ぎも起こしたことも。
80歳を超えた今は違う。元気に好きなゴルフを楽しめているのだ。念願のエージシュートを4回も達成できたことも、芝生の上をゴルフよりは大き目の球を転がして歩くパークゴルフのおかげだ。このことは私の拙いエッセーの中でも過去に触れてきている。
ゴルフ好きは何かの折に知り合えた人と、すぐ意気投合するようだ。しかし、実際にプレーをしてみると、その人との相性が合うかどうかも見えてくる。麻雀でもその人の性格や癖が如実に出るものだが、ゴルフでも見事にそれらが分かるものだ。ルールやマナーを守り、明るく会話をしながら明確にスコアを申告する人とのプレーは楽しさも倍加する。
国道16号線にあるゴルフ練習場で知り合った仲間たちと「会」もつくった。その会で遠征ゴルフに出かけた折に、夫は私が以前に作った歌本を持参して行った。内容は誰もが知っている歌、懐かしい歌、元気が出る歌を中心としたものだ。その表紙の裏には歌う事の楽しさや大切さを、コラムなどで知り得た内容で書いておいた。
宴会のあとはカラオケとなるが、歌いたいけれど何を歌えば良いか、曲名を度忘れする人、一番に歌うことに抵抗がある人、様々だ。この頃の夫は下手ながら歌う事の楽しさを実感するようになっていたので、私の歌本が参考になれば、との思いがあったらしい。これも何度も書いたが、ある人に言わせると、「酒も飲んでいないのに、場の盛り上げ役をする」のが夫なのだそうだ。
ゴルフ練習場に来る人達では、いくつかのプレーの会があってグリーンに出かけるのだが、その中でも気の合った仲間とは、グループLINEが出来ている。プレーの誘いもあるが、カラオケに誘われることもあって、夫も時々参加するが、そんな折には家に帰ると楽しかった様子を上機嫌で話す。誘われて遊んでもらえるうちが花だから、私としても有難い。
このグループは、夫よりもかなり若い人たちで、その中の2組のご夫婦は国内の各地や海外へもゴルフ遠征を時折優雅に愉しまれている。全員がカラオケもゴルフ練習も熱心な様子だ。なのに、ゴルフをしない私にもカラオケ参加を勧められているとのことを、夫から聞いていた。
「どうして?」と思うのだが、彼らがカラオケを楽しむようになったのは、なんでも私の作った歌本がきっかけだったという。そして元気村の私のエッセーをたまには読まれることもあるらしい人たちだ。
先日、カラオケの誘いのLINEがあった折、私に他の用事がないことを確かめた夫は、サプライズとして「皆さんにご迷惑なモノを持って行く」旨の返事を出したという。我が家からは少し距離はあるが駐車場も広く、新しそうなカラオケ屋だ。開店前に着いたが、すでに人々が集まり始めていた。仲間の誰か一人でも会員になっていれば、かなり割安で時間的にもゆったり歌える制度のようだ。
お誘いを送って来られたNさんは、夫が持参するという「迷惑なモノ」が私のことではないのかと想像していた、と。ゴルフの会の会長であるIさん、そして2組のご夫婦もにこやかに迎えてくださった。
以前の職歴などにこだわるわけではないが、錚々たる方たちだ。アルコール類も食べ物も持ち込み自由になっているとかで、他のグループも袋の中に何やら沢山仕込んできている。
遅れて来られるというFさんを含めて総勢9人となるが、席も余裕のある部屋だ。机の上には各自持ち寄った食べ物やアルコール類も並び、機器の操作も手慣れた人によって気分よくカラオケが始まった。壁が大きなスクリーン画面となって、カラオケ機と同じ映像がそこに映し出される。最初に夫が二人で歌おうと言い、気後れしている暇もないうちに歌いだす羽目となる。
会のリーダーのNさんは、「以前、演歌が好きだったけど」と言いながら、私も聞いたこともある歌を、驚くほど上手に歌われた。それは「吾亦紅(われもこう)」。作曲家の杉本真人が、歌手「すぎもとまさと」として、ご自分の母親のことをせつせつと歌った名曲だ。
他の皆さんも熱心な日頃の成果を大いに発揮された。声質に合った曲選びで、歌い方も達者そのもの。ご夫婦で歌われたデュエット曲なども好感が持てるものでお似合いだった。
次々と歌われていくが、その順番も曲選びも少しの嫌味も感じられないのはなぜだろう。一緒になって口ずさんでみたり、覚えたくなる歌もあり、手拍子もしてみたり。夫も私も何曲も歌うことになったが、夫の下手さ、私の変な力の入れ方、今思えば恥ずかしいことばかり。
ところで、高齢者におすすめの活動には様々なものがある。誤嚥性肺炎の予防にもなるカラオケを代表とする歌うこと、手先や頭を使う麻雀や囲碁、食品ではたんぱく質摂取の奨励、筋肉を鍛える運動などだ。どれを採り入れても良いのだが、人とかかわり合って、楽しく過ごすことが大切だろう。けど、その人の人間性が出ることも忘れないでね。