孔明は皆の輪から少し離れたところにいて、平素のとおり、民や劉備とその家族の様子に気を配っている。
劉備の家族にしても、孔明の策のおかげで樊城《はんじょう》へ逃げ込める目途がたったということで、夫人たちを中心に、明るい顔をして木陰で憩《いこ》っていた。
阿斗は生母の甘夫人《かんふじん》の胸の中で、すやすやと眠っている。
見張りも万全に配置しているし、曹操の兵が追撃してくることはなかろうと思い、趙雲は自分もまた、手近なところにあった|木陰《こかげ》にぺたりと座り込んだ。
さすがに疲れが出始めている。
徹夜をしたうえに、激しい戦闘を行ったのだ。
まだ頭が興奮しているから、倒れ込むようなことはないが、いま休んでおかないと、劉備たちを守れない。
頭上を行くそよ風が木々を揺らす。
元気な子供たちが、草むらのバッタを追いかけて遊んでいるのを見ているのも面白い。
かれらを守れたと思うだけで、趙雲の胸は満たされた。
瓢箪《ひょうたん》に汲んだ水で喉をうるおしていると、孔明が近づいてきた。
「子龍、これを使え」
孔明の手には、小さな壺がある。
「それは?」
「やけど用の塗り薬が入っている。
気づいていないようだが、あちこち小さなやけどをしているようだ。早めに傷に薬を塗っておけ」
そうか、おれはやけどをしていたか、とおのれのからだを見下ろした。
なるほど、鎧で守られていた部分に問題はないが、腕のあたりに、いくつかやけどのあとがあった。
「痕《あと》になるかな」
「早めに薬をぬっておけば大丈夫だろう。塗ってやろうか?」
孔明の申し出を丁重に断って、趙雲はさっそく、壺をあける。
中身は白い塗り薬で、においもなにもしなかった。
「月英《げつえい》が教えてくれた処方の薬だ。効くよ」
「そうか、ありがたい」
言いつつ、趙雲は傷がしみないように気を付けつつ、薬をぬり始めた。
しかし、そこに傷があると知覚してしまったせいか、まったく痛まなかったはずのやけどが、さきほどより痛い。
思わず顔をしかめていると、孔明は気の毒そうな顔をして、言った。
「早く良くなるといいな」
「おれもそうであることを祈ってるよ」
細かくあちこちに出来ているやけどに薬をぬっているあいだに、孔明は趙雲のとなりに座りこみ、膝をかかえた。
その横顔をちらっと見ると、策が当たったことへの達成感はなさそうだ。
むしろ、顔色が白くなっていた。
「なにか心配事がある顔をしているな、言ってみろ」
趙雲がうながすと、孔明はこわばった体の力を抜くように、ふっと息を吐いてから、言った。
「喜んでいるみなの水を差したくないから黙ってはいるが、これからが大変だ。
早めに気を引き締めてもらわねばならん」
「というと?」
「曹操は次も容赦なく精鋭を送ってくるだろう。
その『次』が来るまでに、急いで準備をしなければならない。
これからやることは山積みだよ」
「そうだな、その通りだ」
趙雲は、劉備たちや兵士のほか、新野からついてきた民衆の様子も眺めた。
たしかに、時間を稼げた。
だが、これで助かったというわけではない。
趙雲らと同じように、木陰や岩陰で休んでいるひとびとのあいだを、元気な子供たちがはしゃいで回っている。
互いに助け合い、水や食料を融通しあっている者もいる。
だが、かれらとともにおれるのは、そう長いことではあるまい、と思う。
たしかに曹操軍は追い返した。
孔明の言うとおり、次こそは、曹操は容赦なく精鋭を送ってくるだろう。
かれらが態勢を整えて襲ってくるまでに、樊城に籠るか、あるいはもっと守りやすい交通の要衝《ようしょう》である江陵《こうりょう》を目指すか、決めねばならない。
そこで、もっと重い決断を迫られる。
ついてきてくれた民をどうするか、だ。
樊城に置いていくか、それとももっと南下して襄陽《じょうよう》の蔡瑁《さいぼう》らを頼るか……孔明はそこまで考えて、気を重くしているのだ。
こいつも、先が見えすぎて心配事を抱えがちなやつだよな、と趙雲は同情する。
そして、自分もまた、孔明を通して先を見てしまっている。
これからが大変だという孔明のことばが、だんだん暗く大きく感じられてきた。
つづく
劉備の家族にしても、孔明の策のおかげで樊城《はんじょう》へ逃げ込める目途がたったということで、夫人たちを中心に、明るい顔をして木陰で憩《いこ》っていた。
阿斗は生母の甘夫人《かんふじん》の胸の中で、すやすやと眠っている。
見張りも万全に配置しているし、曹操の兵が追撃してくることはなかろうと思い、趙雲は自分もまた、手近なところにあった|木陰《こかげ》にぺたりと座り込んだ。
さすがに疲れが出始めている。
徹夜をしたうえに、激しい戦闘を行ったのだ。
まだ頭が興奮しているから、倒れ込むようなことはないが、いま休んでおかないと、劉備たちを守れない。
頭上を行くそよ風が木々を揺らす。
元気な子供たちが、草むらのバッタを追いかけて遊んでいるのを見ているのも面白い。
かれらを守れたと思うだけで、趙雲の胸は満たされた。
瓢箪《ひょうたん》に汲んだ水で喉をうるおしていると、孔明が近づいてきた。
「子龍、これを使え」
孔明の手には、小さな壺がある。
「それは?」
「やけど用の塗り薬が入っている。
気づいていないようだが、あちこち小さなやけどをしているようだ。早めに傷に薬を塗っておけ」
そうか、おれはやけどをしていたか、とおのれのからだを見下ろした。
なるほど、鎧で守られていた部分に問題はないが、腕のあたりに、いくつかやけどのあとがあった。
「痕《あと》になるかな」
「早めに薬をぬっておけば大丈夫だろう。塗ってやろうか?」
孔明の申し出を丁重に断って、趙雲はさっそく、壺をあける。
中身は白い塗り薬で、においもなにもしなかった。
「月英《げつえい》が教えてくれた処方の薬だ。効くよ」
「そうか、ありがたい」
言いつつ、趙雲は傷がしみないように気を付けつつ、薬をぬり始めた。
しかし、そこに傷があると知覚してしまったせいか、まったく痛まなかったはずのやけどが、さきほどより痛い。
思わず顔をしかめていると、孔明は気の毒そうな顔をして、言った。
「早く良くなるといいな」
「おれもそうであることを祈ってるよ」
細かくあちこちに出来ているやけどに薬をぬっているあいだに、孔明は趙雲のとなりに座りこみ、膝をかかえた。
その横顔をちらっと見ると、策が当たったことへの達成感はなさそうだ。
むしろ、顔色が白くなっていた。
「なにか心配事がある顔をしているな、言ってみろ」
趙雲がうながすと、孔明はこわばった体の力を抜くように、ふっと息を吐いてから、言った。
「喜んでいるみなの水を差したくないから黙ってはいるが、これからが大変だ。
早めに気を引き締めてもらわねばならん」
「というと?」
「曹操は次も容赦なく精鋭を送ってくるだろう。
その『次』が来るまでに、急いで準備をしなければならない。
これからやることは山積みだよ」
「そうだな、その通りだ」
趙雲は、劉備たちや兵士のほか、新野からついてきた民衆の様子も眺めた。
たしかに、時間を稼げた。
だが、これで助かったというわけではない。
趙雲らと同じように、木陰や岩陰で休んでいるひとびとのあいだを、元気な子供たちがはしゃいで回っている。
互いに助け合い、水や食料を融通しあっている者もいる。
だが、かれらとともにおれるのは、そう長いことではあるまい、と思う。
たしかに曹操軍は追い返した。
孔明の言うとおり、次こそは、曹操は容赦なく精鋭を送ってくるだろう。
かれらが態勢を整えて襲ってくるまでに、樊城に籠るか、あるいはもっと守りやすい交通の要衝《ようしょう》である江陵《こうりょう》を目指すか、決めねばならない。
そこで、もっと重い決断を迫られる。
ついてきてくれた民をどうするか、だ。
樊城に置いていくか、それとももっと南下して襄陽《じょうよう》の蔡瑁《さいぼう》らを頼るか……孔明はそこまで考えて、気を重くしているのだ。
こいつも、先が見えすぎて心配事を抱えがちなやつだよな、と趙雲は同情する。
そして、自分もまた、孔明を通して先を見てしまっている。
これからが大変だという孔明のことばが、だんだん暗く大きく感じられてきた。
つづく
※ あけましておめでとうございます(*^-^*)
今年もよろしくお願いいたします!
本日午後に、あらためてごあいさつ用記事を更新しますので、お時間ありましたら、そちらも見てやってくださいませ♪
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年明けにうれしいお年玉(^^♪
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ではでは、次回をおたのしみにー(*^▽^*)