元祖裸の大将、山下清。テレビドラマも映画もきちんと見たことがないけれども、だいぶ前にテレビ東京の『美の巨人』で彼の傑作貼絵「長岡の花火」をとりあげているのを見、その後「ロンドンのタワーブリッジ」を同様にとり上げているのを見た。それまではまったく興味がなかったのだが、とり上げられた絵や彼の人生をたどる映像を見ているうちに、だいぶ山下清の世界にとらわれ抜け出せなくなってしまったようだ。
山下清は驚くべき集中力と表現力を兼ね備えている。そして発達障害でありながらも、周囲のサポートを得て、画才を伸ばすことを得、また癖のある文体ではあるけれども、本を出すことにもなった。その本の1冊がこれになるわけだ。
読んでみると、表現が稚拙このうえないが、素朴かつ純粋な彼の行動や心情が手にとるようにわかる。たとえば人づきあいがヘタで、訪れた土地土地でごちそうしてくれた人たちや世話になった人にきちんと礼を言えない。黙ってそこを離れてしまう。しかし、そんな気まずさをものともせず、その土地を再訪する。なぜ前回は黙って帰ったんだ?と問われてモジモジする。とても恥ずかしがりやなのだ。
そのエピソードが代表するように、山下は日本各地へ半ば行き当たりばったりで足を運んでいる。放浪癖の虫が騒ぐのだ。ふらりと、厄介になっていた施設、八幡学園を飛び出す。所持金はいくばくもないから、放浪の道すがら、ちょっとしたお手伝いをして小銭を稼いだり、有名になってからは、絵を描いて小銭を稼いだりして旅費にあてた。移動は基本歩き。汽車はときどき乗る程度だ。温泉場に現れたり、浜辺に現れたり、神出鬼没な行動だから、だれも捕捉できない。しかし、どもりが禍して、居場所が判明することもある。
出費を惜しんで駅で寝ていると、警察に職務質問される。宿屋ではなく、駅で寝ていたのだから当然所持金について聞かれる。予想外にお金を持っていて、盗んだのだろうと疑われる。きちんと説明できればいいのだが、まるで後ろめたいことがあるかのように説明に詰まり、どもりまくるから、怪しまれるわけだ。
警察から連絡が来て、弟が連れ戻しに来る。でもまた、日を追うごとに放浪の熱は高まり、出奔するのだ。楽しいね。
最後に本の中に挿入されている絵について触れ、擱筆することにしよう。この本には多数の山下清の絵が掲載されている。なんとも味があっていいものと、ただ単にヘタなもの(見る人が見ると傑作なのか?)と、玉石混交の感がある。でも、そのアンバランス加減が山下清らしいといえば、そういえるのかもしれない。貼絵とはまた違った魅力を放っている。
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