『山女日記』湊かなえ(幻冬舎)
読み始めて、すぐに軽い読み物かと思ったが、読んでいくとそうでもない。艱難辛苦を背負った人たちが山で発散する話なのかと思い始めたが、読みすすめていくとそうではない。二つ目の山、三つ目の山と話が進んでいくと、ようやく著者の目論見がほの見えてくる。
まず、面白いと思ったのが、登場人物がいろいろな山に重複して出てくることだ。しかも主人公だった人が、次には脇役で、ヘタしたらもう通りすがりの人として出てくる。主観と客観が交差している。作家の老練なテクニックが光る。
山の選び方も憎い。富士山ブームだから、富士山を避けたのかもしれないが、あえて富士登山は書かない。妙高・火打から始まるのが、ちょっとツウだ。山初心者で、とりあえず行ってみたくなるのがこの山だ。私も山を始めて早々にここを訪れている。とにかく火打の高谷池や天狗の庭などは絶景以外のなにものでもない。もうその写真を見た瞬間に行きたくなる山だろう。
ほかに、槍ヶ岳、利尻山、白馬岳、金時山といったメジャーどころが次々に読者をひきつける。最後は聞いたことのあるような、ないような「トンガリロ」。ああ、そうそうニュージーランドだよ。海外まで読者を連れて行って、ものがたりを締めくくる。なかなかの手だれだ。山登り自体がもうそれだけで、日常から切り離された世界であるけれども、さらに海の向こうに赴くことで、日常から最果ての地に登場人物たちは、そして読者は投げ出される。自分を見つめなおすロケーションとしては、もってこいだ。
どの山のストーリーも身近にいそうな人たちが主人公で、感情移入して読める。しかも自分の趣味である山登りをモチーフにしているから楽しさ倍増。山のぼらーや山ガールの方々にはぜひおすすめです。ちなみに山の神にも薦めておきました。
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