『野生動物カメラマン』 岩合光昭(集英社新書)
岩合さんの撮影裏話が満載の本。驚きの連続です。いくつか紹介しましょう。
冒頭に出てくるのは、アフリカ・タンザニアのセレンゲティ国立公園での話。まず驚かされたのは、滞在期間の圧倒的な長さ。1982年8月から84年3月までの1年半もセレンゲティで過ごしている。岩合さんは、少なくとも1シーズン以上、同じ場所に腰を落ち着けて定点観測しなければ、本当に見たことにはならないと断言している。そこまでするには、かなりの覚悟と忍耐力と資金がなければできないだろうけど。その執念には脱帽する。
さらに驚かされたのは、何度もエピソードとして出てくる、被写体の動物に心で話しかけるという、まるでテレパシー使いのような話。相手が哺乳動物であれば、なんとなく相手の気持ちを読み取れるともいう。 心で念じていると、岩合さんの思い通りに動物がそのしぐさをするというから不思議だ。
チータの撮影では、雨が降りはじめガイドが帰ろうと言い出しても、断固帰らない。並のカメラマンであれば、撮影を切り上げるのが当たり前だが、岩合さんは違った。野生のチーターが雨をどうしのぐのか見届けるのだと粘って、史上初(?)の雨中のチーター親子の写真を発表することになる。ただ帰り道がたいへんだったようだ。地面は洪水のように水が流れ、ぬかるみの中を進むことになる。
ホッキョクグマの撮影エピソードもすごい。立ち上がると3メートルはあるというホッキョクグマが、岩合さんの乗っていたツンドラバギー(雪上車)の窓枠に前足をかけ、乗り込もうとしたという。とにかくデカいから肝を冷やしたと書いているが、ホッキョクグマは、明らかに人間を食べ物と見ているのだから恐い。その割には、岩合さん、肝が据わっているのか、ピンクのお花畑のなかで気持ちよく横たわるホッキョクグマや、真正面から、しかも至近距離で親子のホッキョクグマを撮影している。傑作を撮るのは命がけなのだ。
警戒心の強い野生のパンダはこうだ。パンダは岩穴から岩穴へと移動するという習性があって、それを利用して見つけた岩穴をスタッフで手分けして見張っているのだが、見つけたという連絡で、大人数がそこへ押しかけると、恐怖を感じたパンダは死に物狂いで逃げてしまう。ならば、なるべく人数を減らそうとなり、2人で追いかけたときに成功を収める。目の前80センチのところまでパンダに接近できたのだ。親子パンダのベストショットの完成だ。
ほかに岩合さんといえば思い出す、クジラやペンギンの撮影話も出てきて、かなり楽しめる。それにここに紹介した以外の動物たちも、いきいきとした表現で、自分もその撮影現場に居合わせているような錯覚に陥るほどの臨場感をもって書かれている。写真もふんだんに掲載されているので、イマジネーションは限りなく広がる。動物たちとのふれあいが、躍動感をもって伝わってくるまさに快著です!
野生動物カメラマン (集英社新書) | |
岩合 光昭 | |
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