目指せ! 標高1122メートル

山の神にお供して歩きつづける、ある山のぼら~の記録。ネイチャー、冒険の本もとりあげるよ。

大移動~津和野・秋芳洞・原爆ドーム

2019-05-22 | まち歩き

2019年4月30日(火・祝) 曇り   

前日の話からしよう。4月29日石見銀山の散策から世界遺産センターの駐車場に戻り、山の神とあーでもないこーでもないと議論が始まった。議論の中身はといえば、今日の宿。この時点で宿無しだった。最悪道の駅で車中泊だなと私がいうと、山の神が屋根なしは嫌だと必死にスマホで検索を始めた。明日は秋芳洞に行くから、近所の秋吉台家族旅行村でテント泊か、県庁所在地の山口か萩のビジネスホテルか。予報ではこれから夜まで雨といっているから、テントはきついか。でもいくら検索しても空いている宿は一切出てこなかった。山の神が温泉津(ゆのつ)だったら、どっか民宿が空いてるかも? といいながら観光協会に電話するもアウト。

そのうち山の神の執念がこちらにものり移り、諦めずにいろいろ調べていると意外な展開が待っていた。元々計画上余裕があれば立ち寄る予定だった津和野の安野光雅美術館を私は思い浮かべていた。そこで津和野はどうだろうと調べてみたら、津和野ホテルに空きがあったのだ。しかも1泊2食付ツインで1人10,800円(税込み)という安さだった。市中から少し離れているためこの価格なのだろう。

雨がパラパラ落ちてくる中、テント場でなくてよかったと、さっそく移動してチェックインする。漢方の湯に浸かって疲れをとり、夕食は鍋料理をたらふく食べて就寝。朝はバイキングだった。この価格にしてそこそこの内容で十分満足できた。

さて、翌日の4月30日。ホテルから車で1,2分のところにある安野光雅美術館へ向かう。開館して間もない美術館はまだ空いていて、ゆっくりと観賞できる。おかげで安野光雅ワールドにどっぷりと浸かれた。なかでも三国志やシェークスピア、平家物語の作品は目を引くすばらしさだった。さらには映像を流している部屋や昔懐かしの教室、閲覧自由の図書館もあって、充実の美術館だった。来てよかった! 

津和野を発ち、本日のメインイベント、秋芳洞探検へ向けて車を走らせた。フォレスターのカーナビは変な道を選択して途中交通量ゼロのジモティしか走らないような道を通る。到着時間はそれで少しは短くなったのかもしれない。

 秋芳洞入口

しかし秋芳洞の駐車場はすでに満車で、スペースが空くのを待つために7,8台の車列の最後尾につくことになった。ただ第一陣がちょうど帰る頃であったのと、キャパが大きいことが幸いしたようで、車列はウソのようにどんどん進み、あっという間に駐車場に入れた。 

そこから秋芳洞へ移動していくと、昭和のお土産屋が並び、傍らのホテルは廃屋、つぶれた店舗もそのままに残されていた。観光客もなぜかそれに合わせたかのように昭和ふうだった。山の神と私も昭和。そこへ「世界遺産登録を!」と大アピールの文字が踊っていて、シュールすぎた。


冒険コース

秋芳洞への回廊はいい味を出していて、洞からは水しぶきを上げた激流が迫力満点で、山の神と私を迎えてくれた。じつのところディズニーランドに来てしまったのかと思えるほどの人工的な演出に見えてしまった。もちろん自然なのだが。

洞内に入ると、もうびっくり。とにかく広くてデカい! このスケールに圧倒されつつも、すぐに洞窟ばかを思い出し、ワクワクしてくるから不思議だ。さらに別料金を払うと、特別ガイド付きツアーに参加できる(上の写真のライトはそのツアー参加者たち)。このツアーは人気で順番待ちの長蛇の列ができていた。

 
左:百枚皿 右:洞内は観光客の列が

ところが、私は無数の鍾乳石を期待していたのに、思ったほどなく、というかないといったほうがいいくらいだった。最後の見せ場(下の写真)を越えると、だんだん足が棒になってきて、景観の単調さにも飽きてきた。最後は地上に出るまで、忍耐力を試すゆるやかな長いスロープを上っていく。


黄金柱

一度来れば、もうここはいいなと山の神とうなづきあって、腹が減ったと駐車場への道をテクテクと歩いた。長らく歩いて駐車場横の店ののれんをくぐって腹を満たし、13:30頃広島への大移動を開始した。

山陽道までは順調だったのだが、広島市内に入ると大渋滞だった。いつもこんなに混むのかどうかはわからないが、さすがは10連休といったところか。

 
左:言わずと知れた原爆ドーム 右:イサム・ノグチが欄干をデザインした平和大橋。たたずむのは山の神

16:30頃これまた間際で予約を入れたホテル28広島にチェックインした。すぐさま山の神と外出しコインランドリーで洗い物。終わるまで、散歩がてら原爆ドームまで行ってみた。日本人観光客だらけのこの時期に、あまりに無防備な外国人観光客を多く見かけた。しかし気づいてしまったが、英語がまったく聞こえてこない。フランス語や、ロシア語、スペイン語と思しき言葉は聞こえてくるのだが。やはりアメリカ人はここには来ないということなんだろう。

そういえば、原爆ドームの近くにイサム・ノグチの平和大橋があるはずだけど、どこにあるのだろう。そう山の神にいいながら、平和公園から戻ってくると、偶然そのお目当ての橋を見つけてしまった(右上の写真)。なにかの因縁だろうか。

コインランドリーに戻って洗濯物を片づけ、晩はホテル近くの海鮮居酒屋さかな市場へ繰り出した。刺盛と贅沢にもちょっと値が張るのどぐろの塩焼きを出してもらい舌鼓を打つ。さあ、明日は比婆連峰だ。

令和初登山、吾妻山へつづく


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