はざまの庵

分類し難い存在を愛でる覚え書き by aiwendil お気軽にコメントをどうぞ。

<font size="-3">来てるな、未来!</font>

2005-07-02 23:53:45 | アートなど
mirai01
東京台場にある、日本科学未来館へ行って参りました。
以前から一度行ってみたかったのに加え、現在「恋愛物語展」という生物の性をめぐる特別企画が開催されており、性分化をかじる生物屋として興める材料が揃っていたので足を運びました。
企画展「恋愛物語展」は、こういった科学展としては異色の形態。会場全体が企画展ロゴ(赤いXと青いYの文字。Xの中には小さなYが、Yの中には小さなXがたくさん入っている→詳細はこちら)の刺繍を施された淡いカーテンで区画されており、不思議な空間が演出されていました。会場設備やレイアウトも非常に凝ったつくりになっており、ある意味現代アートの展覧会に通じるところがあったと思います。
科学および人間の文化という視点から「恋愛」というものを考察することで、人間の特徴を新たにとらえ直そうとする意欲的なコンセプトでした。
性転換する魚やかたつむり等の両性を持つ動物の例、3種類以上の性を持つ微生物の例などを挙げ、性が戦略的ゆらぎを持ったシステムであることを提示した上で、人間の性の成り立ちを詳細ながらとてもわかりやすく解説していました。まさかゲノムインプリンティングの話まで出てくるとは思いもよらなかったので、高度な内容に正直、驚きました。後にラウンジ形式のブースで昨年世界を騒がせた単為発生マウス「かぐや」(雌同士から生まれたマウス)の話題も解説しており、最先端の科学トピックを上手く取り入れている手際には感心させられました。人間特有の言語コミュニケーションが、単なる繁殖戦略であったはずの性を「恋愛」という特別な文化装置に変えていった経緯も示唆されており、自然科学、社会科学的にもバランスの取れた内容であったと思います。


さて、今度は常設展です。これがまたすごいのなんの。まず、なんと館内撮影自由。ヨーロッパ方式、素晴らしいです。
internet01じつは、情報デザイン関連で話題の「インターネットの物理モデル(詳細は→こちら)」が私にとって一番の目的でした。この装置は、インターネットの通信システムを黒と白のボールを使って視覚的に再現したものです。受信先のアドレス情報(8つのボール)と文字情報(8つのボール)を送信ブースに並べて送信すると、ボールが転がってゆき、ルータ-に回収され、先頭のアドレス情報をよりどころに別のルーターへと転送されてゆきます。最終的にアドレス情報が一致したルーターへ行き着くと、そこで受信先へのゲートが開き、ボールは見事受信箱へ納まります。そこへ並んだ白黒の情報が暗号表で解読され、なんの文字が送られてきたかわかる、というしくみになっています。
縦横に転がる白黒のボールは、ネット上を行き交う情報さながら。本来なら決して見ることのできない情報概念がじつに見事に視覚化されていたと思います。
そして何より、この装置自体、ボールの動き自体が面白いのです。樋を転がり、ルータ-内部を落下し、巻き上げ螺旋を昇り、外周螺旋を転がり、ゲートで止まって向きを変え、ふたたび樋を転がり・・・・見ていてまったく飽きません。「ピタゴラスイッチ」に登場するピタゴラ装置に通じるものがあるような気がします。
追記:この装置の作者、メディアアートの旗手、江渡浩一郎氏のサイトをみつけました。装置全体像は→こちら


asimo01
それと、ASIMOをはじめて生で見ました(笑)。人垣ができていたので端っこから覗いてみたら、ちょうどアシモショー(?)がはじまるところだったのです。眼前で見るアシモは、思ったより大きく(身長120cmだそうです)、そして、中に誰かが入っていそうなほど自然で滑らかな動きでした。完全自立型二足歩行ロボット。ものすごい技術の結晶なんだろうなあ、と、そして、人間型であることがこんなにも好意を感じさせるものなんだなあと、感慨深いものがありました。
アシモも感動だったのですが、それよりももっと感動してしまったのが子供たちの反応です。進行係の「みんなが大きな声で呼んだら出てきます」との言葉に、必死になって『アシモ~!』と叫ぶ子供たちの姿はほんとうに真剣でいじらしく、アシモという存在は子供たちにとって、感情移入できる『身近な友達』なんだなあと実感しました。子供たちとアシモの幸福な関係性の図式にぐっと来てしまい、本気でちょっと涙ぐみました(笑)。
そう遠くない未来、人間と同様のインターフェイスを備えたロボットが我々の身近にまで浸透するのでしょうか。ラーメンズのコント「アトムより」に登場するノスと冨樫君のように幸福な関係性を築ける時代がいつかやってくるのでしょうか。・・・そんな未来を夢想してしまいます。


噂の超プラネタリウム「メガスターII cosmos(詳細は→こちら)」も観ることができました。
噂どおりの高解像度とディティール。薄い雲のかかった夜空や星のまたたきまでも再現してしまう空間は、もはや映像と言うより本物よりも本物らしいヴァーチャルリアリティシステムと言っても過言ではないような気がします。
ひとつだけ欠点を挙げるなら、座席の配置です。席は一方向を向いていて、階段状に配置されています。傾斜の急な劇場といった案配です。それに合わせてドームにも角度がついています。球を斜めに切ったような角度がついていて、地平線が座席の傾斜と同じ角度で傾いているわけです。完全に仰向けにならなくとも全天を見渡せるという有難い構造です。が、しかし、星々を投影するメガスターIIは円形会場のちょうど真ん中。よって、上部座席の地平線近くに座ると、投影された星の光が顔を直撃するのです(笑)!
うっかり開演間際に行ったので上部端の席しか残っておらず、メガスターIIの光を浴びるという貴重な体験をいたしました(^^;。


他にも、まさに最先端の粋威をあつめた展示がほんとうにたくさんありました。何より、内容が高度なのにわかりやすいのが素晴らしい。子供騙しどころか、ある程度の科学的知識を持った大人が観ても充分に「へえ~っ!」となって楽しめる内容です。
とても1日では回りきれません。
今回見られなかった展示も、いつか近いうちに見にこようと心に誓いました。


ところで、この日本科学未来館、「小林さん、『STUDY』を書く前にここに来たんじゃないですか???」と思えるほどそれっぽいネタが満載でした(笑)。
そして、「ATOM」の父さんもここを見たら喜んだだろうなあ、と考えてしまった私はやはり麺病重症です(^^;。


父さんの未来を実感したい方、日本科学未来館HP→こちらへGO(笑)!


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7 コメント

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>うずらさま (aiwendil)
2005-07-07 23:26:12
>うずらさま

そこに折口信夫氏や柳田邦男氏の説を加えると、山=祖霊のすむところ=異界 という図式も成り立ちますので、「森や山=異界」というのはひょっとすると洋の東西を問わず共通した概念なのかもしれません(笑)。
決定的に違うのはヨーロッパが「異界=アウトサイダー=悪」という図式なのに対し、日本では「異界=アウトサイダー=祖先=神」という図式(?)であるところでしょうか。おそらくヨーロッパにも「土着の神=祖先」という信仰があったはずなんですが、キリスト教の影響で元「神」がすっかり悪者にされてしまったんでしょうね。
それとも日本人が山里を馴化したのは実は比較的最近なのでしょうか。あるいは、山と里の境界としての山里がなんらかの緩衝的役割を果たしていたのでしょうか。
気になります(笑)。

あと、これは京極夏彦の受け売りですが、古来日本人には恐れるものを神格化すると同時に蔑視するという傾向があったそうなんですね。加えて昔の人間にとっては技術者は恐ろしいものだった。するとそこから、技術者を崇拝するとともに蔑む、という意識がはたらき、挙げ句、神格化された部分のみが概念として一人歩きをはじめる→妖怪になる という図式も成り立つそうなんです。技術者=妖怪(神)+非差別民→山の民=異界の住民 というふうに、いろいろなイメージを含むものが複雑に絡み合った結果、山という文化装置がが成り立っているのかなとも思えます。
・・・話が逸れました(^^;。

とにかく私も、成熟したロボット文化がこの国に定着し、それが世界を牽引するような未来が訪れることを願ってやみません。
返信する
>aiwendil様 (うずら)
2005-07-04 19:19:19
>aiwendil様
ガンダムなんかもそういう文化を土壌としてこそ生まれたんでしょうかね。永く使ったものに魂が宿る、永く生きた動物が神的な存在あるいは妖怪となる…そういう日本の思想をうまく表現しているのは水木しげる氏あたりかもしれません。キリスト教的世界観…というと、西洋ではキリスト教的に人と動物を上下の関係で捕らえる思想に加え、森に囲まれて町が点在していたようなヨーロッパの風土だと、森やそこに住む動物というのは恐怖の対象、非日常としてとらえられてきた(aiwendilさんにヨーロッパの歴史風土を語るのは畏れ多くもありますが)。対して日本では里山という言葉が示すように、山や森林などの自然というものが人間の暮らしの延長上にあるものとしてとらえられてきた。…というような講義を大学で受けたのを思い出しましたが、こんな理解でよござんしょうか。ただ、逆に動物愛護的な考え方が西洋で早くから生まれたのもこのあたりの差が影響しているらしいですが。人とロボットもそうですが、洋の東西も影響しあっていい関係を築いていけると良いですね。
返信する
>うずらさま (aiwendil)
2005-07-04 02:02:44
>うずらさま
全体的に一見の価値ありですよ~!

どうやら子供たちはアシモに対し、「すごい!」という敬意を持ちながら「なんだか助けてあげなくちゃ」と感じているようでした。
アシモはそう思わせる何かを持っていて、加えて、子供たちにもロボットを身近なものとして受容できる文化が育っているんですね。その事実が、何だか非常に嬉しく思えました。

以前「おたく展」の話題(「日曜美術館に海洋堂」)でも触れましたが、無生物を魂が宿る対等な存在として受容できるのは日本文化の特徴なんではないかと思うのです。
八百万の神思想があって、九十九神思想があって、モノや機械にも人格を感じてしまうのが日本の文化です。そこにアニメキャラクターやロボットがポンっと乗っかっても全く違和感なく受容できるというわけです。生物だろうが無生物であろうが人格を持ったひとつの存在として認識し、存在意義など問わないのが日本的なんじゃなかろうかと。
ですから、欧米のロボット映画にどこかしら違和感を覚えるのは、彼らがキリスト教的な世界観に基づく思考を無意識的に基盤に据えているためもあるのかもしれないなと思えます。
「人間」と「その他」のふたつしかないとすると、「人間に近い無生物」はどうなるかという疑問が生まれ、実際その疑問をテーマにした作品が数多く創出されてきたんじゃなかろうかと。
データは人間を超越しているのに人間に憧れている、その図式が心を打つわけですが、これも、裏を返せば「人間になれないアンドロイド」という概念があってはじめて成立する図式です。はじめから人間とは「別のもの」として設定されている。

ですからやはり、ロボット文化を育むには日本ほどふさわしい土壌は他にないんじゃないかと思うのです。
それを実証するかのようなあの場は、本当に感動的でした(^^。

ちなみに、私の脳内では「子鹿」がよく流れます。

>あきさま

ふふふ、確実に布教がすすんでいますね(笑)。
「ATOM」がお好きとはお仲間ですね(^^。
ところで、「金部」って、一瞬「全部」と読んでしまいませんか?

>ざらえもんさま、ゆうじんさま

うわあっ! 本当ですか!?
やっぱりそうだったんですね~(笑)。
思い当たる節がありすぎでニヤニヤしてましたもん。
ぜひ足を運んでみてください(^^。
きっといろいろな意味で楽しめます(笑)。

返信する
『わざわざ行って来ました』っておしゃってましたね (ゆうじん)
2005-07-03 23:29:24
『わざわざ行って来ました』っておしゃってましたね
突然コメントお邪魔します
もの凄く興味をそそられました
私も行ってきます(^^)
素敵な情報有難うございます
返信する
上野の科学博物館も好きなのですが、日本科学未来... (ざらえもん)
2005-07-03 11:53:53
上野の科学博物館も好きなのですが、日本科学未来館はもっとハイテクで面白そうですね。

小林さん、ココに行って勉強してきたっておっしゃってましたよ。
去年の長崎のライブの「楽しい科学の質問箱」で、確か宇宙ステーションのくだりだったと思います。
ココに来て知った事を、一生懸命説明してくれたのですが、それが意外と不器用で、素の小林さんを垣間見た気がしました(笑)
返信する
「来てますよ!」という感じですね~~~ (あき)
2005-07-03 09:21:38
「来てますよ!」という感じですね~~~
いいなぁ
未来体験したいです

先日麺をちらっと教えた友人は「ATOM」が一番面白かったそうです
(以前いただいた珠玉終結DVDを回してみました^^)
うふふ、えへへ
これで本格的に麺セットを持って遊びに行けます

下着売り場でランニングシャツを見かけるたびに、頭の中で「金部のテーマ」、流れます
返信する
相変わらず精力的に活動されてますね~。そのバイ... (うずら)
2005-07-03 01:33:00
相変わらず精力的に活動されてますね~。そのバイタリティはどこから沸いてくるのでしょうか。

どれも興味深いですが特にインターネットの物理モデルは面白そうですね。東京に行く機会があったら見てみたいです。
アシモと子供達のくだりはちょっと心に染みるものがありました。私はデータを連想してしまいましたよ。いつの日か本当にロボットと人間の間に血の通った交流が実現すると良いですね(映画「A.I.」のエンディングはちょっと納得いかない私…)。

ちなみに、私が麺中毒を実感したのは
仕事中に鬱々とした思考に陥ったにもかかわらず
脳内BGMが「金部のテーマ」だったことでしょうか…
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