あまねのにっきずぶろぐ

1981年生42歳引き篭り独身女物書き
愛と悪 第九十九章からWes(Westley Allan Dodd)の物語へ

棄て人“ロオ・ジャリア”の場合

2018-04-15 20:28:11 | 物語(小説)

 

 

 

ロオ・ジャリア(Roo-Jaria) 30歳 出身地不明 無職 趣味:サイケデリック・フォークトロニカ

 

 

 

棄て子のロオ・ジャリアは誰も住まないキャンプ場のトレーラーハウスで一人で暮らしている。

ベッドルーム、オールインワンバス、電子レンジ/ミニ冷蔵庫の簡易キッチン付きのトレーラーで、元々はヒッピーたちのコミューンがあったキャンプ場なのもあり小さな雑草/ハーブ(マリファナ等)が庭にちらほら植えられている。

 

 

ロオは1988年生れの30歳。ロオが棄てられていたのはこの町のビーチ際にある小さな古い酒場の玄関先だった。季節は春であったが、夜明け方にこの酒場のマスターが小さな籠の中に入れられ泣き喚いているロオを見つけたとき、外は雨が降っていた。

雨は冷たく、大気汚染の象徴のような匂いがしたことをマスターは手帖に書き残している。

普段は、そこまで雨の匂いを気にすることはなかったのに、その日は確かに変な匂いの雨だった。

まるでロオと名づけた赤ん坊が、このビーチにも、大気汚染を連れて来たように想えた。

人間の因果によって生まれ、人間の因果によって打ち棄てられたロオ。

ロオは人間の因果、大気汚染の雨に打たれながら、籠のなかで窮屈そうに泣いていた。

本当に、可哀想でならないが、マスターは、このロオと名づけた赤ん坊を抱き上げると、家に一晩も連れ帰ることなく、即、近くの施設へと連れてゆき、事を話して預けて帰ってきた。

マスターは確かに、ロオ・ジャリアというこの男の名付け人であったが、二人が接した時間は約一時間足らず。

マスターが赤子のロオを抱いていた時間、マスターがトイレに行った時間を引いて、約55分足らず。

たった50分かそこらの時間しか、一緒におらなかったのに、マスターは何ゆえに、この赤子に名をつけたのか。

今では誰も知ることは叶わない。なぜならマスターは、この年の暮れに、あっけなく心筋梗塞でぽっくりと逝ってしまったからだ。

ロオはそれを誰からも知らされることなく、この30年間を、生きてきた。

ロオは15年間、施設で育った。幼いロオを養子に引き取りたいと願った真面目で優しそうな夫婦もいたのだが、ロオはこれを、全力で、腕の噛み付き攻撃によって、凶暴な猿の如くに全身で拒んだため、誰もがロオを養子に出すのを諦めた。

ロオは自分でも、何がしたいかよくわからなかったが、新しい両親の元で生きるということに、恐怖したような気がする。

新しいといっても、血は繋がっていないし、自分を胎内で育て上げ、子宮口を広げ、死ぬほど苦しんで産んだ母親でもない。いったい何が新しいのか?そんなもの、あるはずもない。”新しい”両親の存在を、ロオは全身で、疑った。

ロオはそのため、養護施設から学校へ通い、なんとか小中は卒業できて、高校は一学期の終りに、自ら退学届けを出し、無銭で、施設を飛び出し、あてもなく歩いて、野宿を繰り返し、ホームレスとなった。

そして偶然見つけたヒッピーのいなくなったキャンプ場にあった空の古いトレーラーハウスに住み込んだ。

ロオはこのトレーラーハウスでほとんど働かずに、この15年もの月日を過ごしてきた。

働くとなると肉体労働や工場のライン作業など、ロオが面白いと感じることが一瞬もない仕事ばかりで長く続いても半年。

ロオは自分でも、働く事は、まったく向いていないんだ。と想って、働くことを諦めたのが、20歳の春だった。

ロオは特になんの精神疾患もあるようには想えなかったが、役所へ赴き、相談をし、生活保護を受けたいと頼み込んだが、即、「頑張れるはずの人にまで、国はお金を出す義務はございません。お帰りください。」と言われ、天涯孤独、働くことを諦めた男ロオは何も喰わずに寝た夜は数えきれないほどあった。

食べるものが本当になくて、死ぬかもな、と想う夜は、ロオは気の優しい慈悲深いマスターのいるビーチ際にある小さなバーに赴き、耐え難い飢渇を全身で表現し、マスターに食べ物と、酒を乞うことが日課と為って行った。

 

 

そしていつも、ロオはマスターにとりとめもない悲しみを漏らし続けるのであった。何時間も。何時間も。ロオは飽きることがなかった。無償の酒を飲み、自分の悲しみを漏らし続けるということが。時には、感極まり涙ぐむこともままあった。

 

 

マスターが、ほんのすこしでも、いつもの展開に欠伸でも漏らすものなら、次の晩は、別のバーで酒をツケで飲んだ。

 

 

ロオはそのバーでは、マスターが自分の話の最中に小さく欠伸をしたのだと涙を目のふちに溜めて赤い目で悲しみを漏らした。

 

 

ロオはそこそこのエイフェックス・ツイン似の、生け面(イケヅラ)であったのに、まったく女にモテることもなければ、友ができた例(ためし)もなかった。

何故か?それはロオのオーラが、理解しがたいものであったからなのか、それとも。

ロオが”棄て人(棄て子)”であるという噂が、この町中に風の知らせによって知れ渡ってしまっているからなのであろうか。

確かに、棄て子で愛に著しく飢え続けてきたからか、マスターの小さな欠伸さえ赦すことのできないほどに気難しいことこの上ない面倒で迷惑で情けない金や食料や酒をせびることにも一縷の恥も覚えない非常識で正気でないならず者となってしまった。

ロオは自分がこれからどうやって生きてゆくのか?考えることもなかった。

「死ぬときが来たら死んだらええし、生きられているから生きているんだ。」とは、ロオの口癖である。

ロオは、死後の世界にしか、期待していなかった。

それだから、町の者はロオのことを、こっそりと陰で、世捨て人ならぬ”棄て人”と呼んだのである。

その呼び名は、差別的なニュアンスと、同時にロオの何事にも拘らぬ清々しい生き方に憧れた高潔なニュアンスも含んでいた。

ロオは「何かものすごいものを隠し持っているような目をしている。」、これはマスターが或る夜、酒のほろ酔いのなかに彼に言い放った言葉である。

 

 

 

 

マスターは、ロオを励まそうとしてそんな言葉を発したつもりではなかったが、ロオはこの言葉が、甲斐性のない自分を励ますための言葉として真に受け取ることはなかった。

ロオは或る晩、マスターにぽつりと呟いた。

「自分に名前をつけた人間が、どこの誰なのか、俺は知らないんだ。」

するとマスターは、「想い付きでつけたにしては、とても良い名前だ。」と言った。

ロオは小さく、「”名前”は気に入っている。」と言って、グラスに残っていたマスターのオリジナルカクテル”ラマの遺物”を一気に飲み干した。



 

 

ロオはその晩、トレーラーハウスに帰ってベッドに横になった。

そして今夜マスターの言った言葉を、ひとつびとつ、頭の中で反芻した。

マスターの広くて大きな無償の愛に触れているといつものようにうとうととしだし、ロオは夢とうつつのなかでもマスターの声を聴いた。

マスターは夢と現実のあいだの世界で、何度も繰り返す。

「想い付きでつけたにしては、とても良い名前だ。」

ロオは、限りなく夢に近い場所で、ふと、疑問に想った。

俺の名前をつけた人間が、”想い付きでつけた”なんて、俺は一言もマスターに言ったことがないんだが、なんでマスターは想い付きで俺の名前が付けられたと想ったんだろう?本当は変な拘り屋で、辞書か何かで調べ尽くしたかもしれないのに…。

だいたいマスターは、この町で一番変わった人間だ。なんでもマスターは、50年以上も前からマスターで、見た目が当時から全然変わっていない、マスターは年を取らない病気なんだ。なんて、噂なのか都市伝説なのか、みんな言いたい放題で、それもこれも、マスターが自分のことを何も話したがらない秘密主義な男だからだ。

でも、もし、この世界は時空が歪んでいて、過去が現在にあり、未来も現在にあり、なのに現在は過去と未来にあるなら、おかしなことでもないな。

実は俺の名を付けたのは、マスターで、俺の実の父親も、マスターで、俺の実の母親も、マスターなんだが、時空が歪んでしまっている為に、俺の目の前にはたった一人のマスターの存在しかいない。もし、二人のマスターが俺の目の前に現れたなら、ドッペルゲンガー現象、俺は死を予期なくされる。いや、余儀なくされる。待てよ?両方かもしれない。俺は死の期待と覚悟を無くされ、同時に死を得るかもしれない。俺は二人目のマスター(新しい両親)に会う為に、生きてきたわけじゃないのに、もし目の前に、出会ってしまったなら、きっとそうなるに違いない。求めてきたのは、一人目のマスター。俺の、本当の親…。俺の、名付け親。俺の本当の名前の。俺の、誕生という名のスーサイド。名も亡き課題。俺は誰も辿り着いたことのない誰も居ない場所に辿り着いて、孤独に眠る、夢を見続けるんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Young Magic - Sparkly