正月休みを利用して、過去のコンサートのプログラムを整理した。数十年分のコンサートのものだから、数百になってしまうが、それぞれ普段は忘れていても、手に取って中を開くと不思議とその頃を思い出すものと、全くもって忘れているものとに分かれる。今回は、今でも思い入れのある演奏会のプログラムとそうではないものとに分けて整理してみた。
その中で、今でも鮮明に思い出せるコンサートが今回取り上げるギュンター・ヴァントのコンサートだ。それは、マエストロが、日本の聴衆のためだけにブルックナーを演奏しに来日した、2000年の11月のコンサートである。3日間の日程で、全て同じプログラム(シューベルト第8/ブルックナー第9)という形、ホールは、オペラシティ・タケミツトオルメモリアルという、この時は最良と思われる場所での演奏会だった。
アントンKは、その3日目の最終日に出向いたのだが、今思い出しても、この日の演奏会場の熱気というか、雰囲気は今まで経験のないものだったように思い出す。大袈裟に言えば、どこかの宗教の儀式でも始まるのかのごとく、聴衆はどこか、慎重で、冷静で、また自分も含めて緊張感が漂っていた。ハンブルク北ドイツ放送交響楽団の団員達が拍手とともに舞台に現れ、そして指揮者ヴァントが下手から現れて、拍手が鳴り終わった後の、会場の静けさといったらない。息をするのもためらうくらいの音のない世界、全ての聴衆がこれから始まる一音に集中している。そして「未完成」の最初のチェロとバスがPPでシードーレと始めた時、目頭が熱くなってしまった。何て暖かく深い音色なんだろう。ただそれだけで感激してしまう自分が、どうかしているのかと思ったものの、アントンKの周りでも、すすり泣く聴衆が散見できたのだ。まだ、音楽が始まって1分も経っていない状況で、魔法にでもかかったような感覚。こんなに深い「未完成」は、過去にも聴いたことがなかった。
そして休憩をはさんで、メインのブルックナーの第9交響曲である。ヴァントも、今思えば朝比奈隆と同じような大器晩成型の指揮者。70年代の録音を当時から聴いてはいたものの(やはりオケはNDR)、どこかスケールが小さくまとまっていた印象が残っている。そして、ヴァントの解釈は、初期のシンフォニーよりも、やはり後期のものの方が好きだった。そんな印象をもっていたが、90年の来日の際のブルックナーの第8でまるで印象が変わってしまった。(この時もNDR)それまでのものより、スケールがより大きくなり、お得意のオケに対する緻密な要求により、各声部のバランス感覚が素晴らしいと思った。その後、晩年に向けて、BPOやMPOなども指揮するようになり、録音もたくさん世に出ているのは、ご承知の通り。この時のヴァントもそうだった。ホールの残響を意識した、今までよりも多少遅めのテンポ感、相変わらずのオケに対しての主張は素晴らしい。晩年の演奏は、どれもそうだったように、1mov.のコーダから、さらにテンポを落ち着かせ、PPから大きく音楽が膨れ上がっていく過程のバランスは最良で、スコアの最後の2ページの終結部のTbのリズムのアタックは、ここでも強烈で、予想はしていたものの、身体は凍り付いていた。第2楽章は、引き締まったリズムとオケ全体から醸し出される一体感が、みるみる自分を吸い込んでいった。不協和音のリズムは、まるで悪魔のダンス。恐ろしさまで感じられた。そして、アダージョ楽章。「生からの別れ」とされる 練習No.からは、今思い出しても、会場の雰囲気が尋常ではなく、無意識に聴くことだけに集中している自分がいた。特に終結部は、かつて聴いたこともないくらいなテンポで進み(しかし後で視聴してみたら、そうでもなかった)、第7交響曲のテーマがHrnで奏でられたあとは、永遠にこの音楽が続けば・・と祈らずにはいられなかった。
同行した友人に、ホールを出てから話したこと。それは、彼も今まで経験したことのない演奏会だったということ。日頃、演奏会には行くものの、この日の演奏会が滅多に巡り合うことのできない、桁外れの演奏会だったことだけは、間違いないようだ。
長年数々の演奏会を聴いてきて、そのほとんどが時間とともに忘れてしまう中、絶対に忘れない、忘れられない演奏会がいくつかある。アントンKにとって、その中の一つがこの日のヴァント/NDRの崇高な演奏会であった。
画像は、後にDVDとして発売された映像の中からのもの。(画像が見苦して申し訳ありません)