早く目が覚めてしまった時、アントンKは教会で唄われるモテット集をよく聴く。むろんブルックナーの作品が多いが、朝食前のひと時、どこか目覚めたての身体に心地よいのだ。同時にミサ曲やレクイエムに広がっていく場合もあるが、キリスト信者ではないアントンKでも、その日のスタートのタイミングがとても有意義な時間に変わっていくのだ。
さて、今回はブラームスの「ドイツ・レクイエム」を聴いてきたので記述しておきたい。指揮は、一昨年モーツァルトのレクイエムで熱演を振るった福島章恭氏。そして崔文洙氏率いるヴェリタス交響楽団とこの楽曲のために結成された合唱団と独唱者という素晴らしい一期一会のメンバー達なのだ。
メインのレクイエムの前にワーグナーの「ジークフリート牧歌」の演奏があったが、楽曲の出の音色だけで、とてつもない演奏であることが読み取れた。何という柔らかな絹のような響きなんだろう。崔氏をはじめとする弦楽器群の美しさは途方もなく、かつて聴いたこともない世界がそこには広がっていたのである。テンポは限りなく遅く、フレーズの扱いは最良に保たれている。こんな楽曲だったか?と聴いている耳を疑いたくなるような響きが広がっていたのだ。およそ20分の演奏時間の中に、伝わる内容が満載で、アントンKはこれだけで腹いっぱいになってしまったのだ。
休憩を挟んで「ドイツ・レクイエム」が演奏されたが、やはり合唱指揮者である福島氏の本領発揮と言った場面が相次いだ。サントリーホールの舞台裏側席、いわゆるP席を埋め尽くした合唱団は、巧みな福島氏の指揮に操られ、天まで届きそうに連なる団員たちを包括していた。今回は、アントンKの座席が悪かったのか(2階LB席)、全奏になるとどうしても合唱団が誇張されバランスを失いがちになってしまったが、それでも管楽器のハーモニーは美しく、とりわけティンパニの主張は激しく、決めのポイントでは全体を引っ張り、この辺は録音に聴くチェリビダッケを彷彿とさせたのである。特に第6曲からの高揚感は、かつて味わったことが無く一番感動したポイントだった。
ブラームスのドイツ・レクイエムは、好きかと言われれば、まだ自分の中ではよく解っていないのが本音だろう。カラヤン、アバド、ジュリーニ、チェリ等の録音でしか知らず、生演奏では初めてと言っていいから、楽曲の鑑賞としてはまだ深いところまで手が届かない。しかし今回の演奏では、指揮者福島章恭氏の懐の大きさを見たようで、さらにまた別の楽曲で聴いてみたいという気持ちになっている。あれほどまでに独自性が強く、自分の想いを具現化できる指揮者は、そうそういないと思われるからだ。前回鑑賞したモーツァルトの大ト短にしろ、今回のジークフリートにしろ、ある意味音楽がそそり立っており、これが孤灯の芸術美ということを示した演奏だったのだと思える。だからこそ聴衆は、彼のベートーヴェン、そしてブルックナーを心待ちにしているのだ。想像しただけでワクワクするではないか・・そしてこんな素晴らしい演奏の土台は、コンマスの崔文洙氏の采配も大きかったはず。終演後、彼が各パート奏者に駆け寄り、労いの握手を交わしていた姿にアントンKも熱くなってしまったのである。久々に心の通った熱い演奏会だったと振り返っている。
ブラームス ドイツ・レクイエム特別演奏会
ワーグナー 「ジークフリート牧歌」
ブラームス 「ドイツ・レクイエム」OP45
指揮 福島 章恭
ソプラノ 平井 香織
バリトン 与那城 敬
コンマス 崔 文洙
ヴェリタス交響楽団
ヴェリタス・クワイヤ・ジャパン
2019-02-27 東京サントリーホール