今年2024年は、A.ブルックナー生誕200年に当たる年で、世界中でブルックナーの演奏会が多く開催されている。日本でも近年比較的落ち着いてきていたブルックナー演奏も、今年はいつになくたくさん取り上げられていて、アントンKも嬉しい悲鳴を上げている。
ここでは、今月になって聴きに行った中から注目すべき演奏会を備忘録も兼ねて記述しておく。
まず高関 健氏のブルックナー第8交響曲の第一稿の演奏会。彼の演奏会は前回ちょうどコロナ真っ只中の4年前だった。高関のブルックナーは、この時も第8番を鑑賞したが、今回は新全集版を使用した同じ第8でも第一稿で演奏されるとのこと。ホークショー校訂版の演奏で、今回がおそらく世界初の演奏らしい。第8の第一稿そのものは、今の時代珍しい楽曲ではなく、一般的な第二稿よりは演奏回数が少ないだけで、CD録音も複数発売されているし聴く気になればいつでも鑑賞できるが、今回の新全集でどんな差異があるのかが聴きどころになる。アントンKの印象では、譜面を見ていないので何とも言えないところだが、細かなアクセントやボーイングによる差異は聴けたが、おおよそ今までの第一稿と変わりなかった。知らないフレーズや新たな小節の追加はおそらく無いと思われる。演奏そのものも、オケの東京シティフィルが大健闘しており、記録性の高いこの演奏会にきっちり付いて来ていた印象を持った。ただブルックナー演奏という観点からの印象となると、少し感想は異なってくる。音色や響きそのものが楽譜から離れず、まとまりはよいがスケールが小さく箱庭的な音楽に聴こえてしまう。情熱的な部分、枯れて切ない部分が聴こえないのだ。高関氏独自のブルックナー解釈は、とても分かりやすい演奏だが、そこまでに留まってしまい、アントンKにとってはずいぶんと薄味に感じてしまうのだ。常に譜面を探求して、その当時の歴史を紐解き、数々の演奏記録にまで踏み込んで研究を重ねている高関氏だが、誰よりも楽曲の背景を理解していても、必ずしも感動的な演奏には結びつかないことを今回再確認した気分なのである。
そしてもう一つの演奏会、シンガポール出身の若手指揮者カーチュン・ウォンのブルックナーの第9交響曲だ。
カーチュンは2016年にマーラー国際指揮者コンクールで優勝して以来、急速に頭角を表してきたらしく、今や日本フィルの常任指揮者に任命されている。アントンKも雑誌やSNS等で、その存在は認知していたが、なかなか演奏に触れる機会がなく、今回のブルックナーが初の味見となった訳だ。
で、その演奏だが、アントンKにとっては強烈なブルックナー演奏だった。プログラムが第9交響曲のみというのも気に入ってホールへ向かったが、舞台に現れてからの集中力が凄まじい。オーラとまでは言わないが、カーチュンから発せられる気が聴衆を包み込んでいることが解るくらい。指揮台に上がってから指揮棒を下ろすまでの間がここまで長いのはいつ以来だろうか。ホール内の音を無にしてから、PPで弦楽器が入って緊張の度合いが半端ない。アントンKにも久々の感覚だった。そして出てきたHrnの雄叫びといったら想像を絶し、ウィーンフィルかと聞き間違うくらいの分厚い響きをブチかましたのである。感心したのは、ただ分厚い大きい響きというだけではなく、常に弦楽器をはじめ、特にベースを基本に重心が低く、音色がバランスされているので、響きが飽和しないことだった。テンポは遅く、オケの各声部が明確な主張をもって音色を作り上げている。特にアントンKには、1mov.の第二主題が印象的であり、かつてのシューリヒト=VPO盤を思い起こさせた。カーチュン自身の指揮ぶりも印象的で、何をどうしたいのか明確に大袈裟にジェスチャーするので、見ているだけでも引き込まれてしまうのだ。スケルツォでの集中と爆発。アダージョでの隔世観。特に後半の不協和音後のパウゼの長さ。カーチュンはすでにブルックナーをも手の内にしているのかもしれない。日本フィルも大健闘であり、こんなに響くオケだったか?とイメージが変わるほど。
とにかくまだお若い(1986年生まれ)カーチュン・ウォンという指揮者だが、アントンK自身衝撃を未だに受けている状態が続いている。彼の指揮でまた別の楽曲を鑑賞したいが、こんな気持ちにさせてくれる指揮者っていつ以来だろうと嬉しい気持ちで一杯になっている。
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団 NO.372定期演奏会
ブルックナー 交響曲第8番 ハ短調(第一稿・ホークショー校訂版)
指揮 高関 健
コンマス 戸澤 哲夫
2024年9月6日 東京オペラシティコンサートホール
日本フィルハーモニー交響楽団 NO.763 東京定期演奏会
ブルックナー 交響曲第9番 ニ短調
指揮 カーチュン・ウォン
コンマス ロベルト・ルイジ
2024年9月7日 サントリーホール