田中悟の片道旅団

大阪で芝居と弾き語りをしています。

サブウェイの森

2025年02月19日 | 日記
今日は珍しくお酒を飲みながらブログを書いてみることにした。
いつにも増して長文で乱文になりそうだけど、よろしかったらお付き合いのほどお願いします。

いつの頃からかブログに思いっきり長文を書くようになった。
でも文章を書くのが好きなだけで文章を書くこと自体は苦手だ。書きながら「こんな書き方で良いのかな?」なんていつも思っている。
何事も好きだからと言って得意だとは限らない。例えば料理をすることも好きだけど料理が得意という訳ではないし、人前で喋るのも好きだけど喋りが達者な訳でもない。芝居だってそうだし音楽もそうだ。得意だと思ったことは一度も無いし実際に何もかも上手くない。だけど好きなのだ。止まらない。

ブログに長文を書くようになったのは「下手な文章でも良いからとにかく書きたいように書こう。文章の長さも気にせずに書きたいだけ思う存分書こう」とある時から思うようになったからだ。
自分の周囲にほんの一握りだが自称活字中毒者が何人かいた。台本や参考資料以外は基本的に自ら好んで文字を読む習慣がない自分にとっては全くもって不思議な人種だ。自分はどちらかと言えば活字恐怖症、あるいは拒読症かも知れない。
だが先述のとおり文章を書くのは好きだ。もう少し正確に言うなら文字を書くのが好きなのだ。極端に言えば単語の羅列を書くだけでも楽しめる。そして究極はオートマティズム(自動書記)だ。完全に自動で書く訳ではないが極力その領域に近づきたいという願望がある。目的を持って書くのでもなく、何かを考えて書くのでもない。ただひたすら勝手に手が動いて結果的に文章になっているというのが理想だ。作詞作曲をする時はそんな感じだ。(※『ラブ』2025.2.11 参照)
しかし考えようによってはこれも一種の活字中毒かも知れない。読むことへの中毒ではなく書くことへの中毒だ。聞くところによると活字中毒者は文面の内容が何であろうと目の前に活字があったら読まずにいられないらしい。だったら自分が書くこの長文で乱文のブログも活字中毒者にとっては充分に読む対象と成り得るのではないだろうかと思ったのだ。それも長文ブログを書くようになった動機のひとつだ。もしかしたら自分のブログもそんな人達へのサービスになっているのかも知れない。そうだとしたらとても嬉しかったりする。



そんな自分ではあるけれど最近読書に挑戦している。
自分にとって読書は挑戦の領域に入る行為だ。一度に読める量は文庫本の5ページぐらい。それ以上読むと休憩が必要となる。普段あまり運動しない人がいきなり長距離走に挑むようなものだ。人間の脳に読書ニューロンというものがあるのかどうかは知らないが、とにかく読書に対して脳が未発達なのだと思う。だからだろうか本を読むとやたらと空腹になる。血糖値が下がるのかも知れない。

そんな感じで読書に対しての耐性が極端に低いくせに先日本屋さんで衝動買いしたのが「ノルウェイの森」だからちょっととち狂っている。タイトルは何となく知っていたが作品に対しての予備知識はまったく無い。作者の村上春樹さんについても同様でお名前ぐらいは知っているがそれ以外は何も知らない。
まず読み始めて最初に思ったのは「本の選択を誤ったかも」ということだった。勿論作品が悪い訳ではない。本と読者との間には確実に相性というものがあると実感したのだった。自分と村上春樹さんとではどうやらその相性があまりよろしくないように感じた。とにかく文章がややこしい。なんでひとつのことを語るのにわざわざそこまで遠回しでまどろこしい口調になるのだろうかと思ったのだった。そして登場人物達がいちいち小難しい思考回路を持っていて実に面倒くさい性格をしている。主人公は冷めた目で周囲のハイソな友人達を傍観しているようだが1970年代初頭に十代を過ごしている主人公の暮らしぶりや感覚も充分ハイソな人間だと思った。それとも思う以上に当時の社会は平均的に誰もが裕福だったのだろうか。ちょうど1970年に生まれた自分の肌感覚や今となっての時代考察があやふやなのかも知れないけれど。それにしても下町情緒がなく(そもそもこの作品には必要ないのかも知れないが)、一般庶民は全て下世話なモブキャラとして扱っている印象がありシンパシーを抱けない。ややバイアスがかかっているのかも知れないが、そんなことにアレルギーを感じてしまうのは僕の中にある強固なルサンチマンのせいだ。

しかし、読むにつれどんどん作品世界に取り込まれてゆく。
もしかしたら案外、相性が良いのかも知れない。


先月後半のある日、月に一度の通院のために大阪市内の自宅から宝塚の病院へと向った。最寄の地下鉄の駅に入ると何やら様子がおかしい。何かの事故により全線運転見合わせということだった。そこから一番近い私鉄の駅まで行き通常とは違うルートでの移動となった。いつもより遠回りで時間も掛かる。そこで鞄から「ノルウェイの森」を取り出し読みふけることとなった。病院の待合室でも帰りの電車の中でも夢中で読んだ。
とは言え読むスピードはかなり遅いし、その日以降は読書の時間を設けるのも週に一度か二度ぐらいだけど。このままでは一向に読破出来そうにないがそれでもかまわない。じっくりと味わいながら読んで行きたい。

ちなみにこの文章の冒頭に「今日は珍しくお酒を飲みながらブログを書いてみることにした」とあるが、実際この文章を書くのに何日も掛かっているのでアルコールが入っていたのはほんの数行だけあることを文末にで記述しておく。
駄文であれ素面でなければ書けないようだ。
コメント
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