何年か前に不思議な夢を見た。
僕は外国で生きている。多分、イギリスかな?ドイツ?う~ん、とりあえずヨーロッパ。
時代は今から少し前の近代だと思う。
僕は役者をしていて毎日のように劇場で何らかの芝居に出演しているけど所謂主役やスターじゃなくて端役専門。密かに脚本家に憧れていたりする。
仲の良い役者は長身で男前。女性ファンも沢山いて毎晩パブに繰り出せばちょっとしたハーレム状態。僕の隣には誰もいない。時折休憩するかのように女の子が隣に座るけど考え中の脚本の話や演劇論しかしない僕はどうやら彼女らには退屈なようだ。適当に相槌をうってすぐに僕の隣から離れてしまう。しかし僕はそんな毎日に満足していた。芝居の世界で生きていることを心底喜んでいたし、いつか自分が書き上げるであろう自作の芝居を思い浮かべては希望に満ち溢れていたから。
そんなある日。僕らの元に軍から手紙が届いた。そう世界は今、戦争の真っ只中。役者風情の僕らの元にも、とうとう国から召集令状が届いたのだった。
「スパイとして敵国に潜入すること」それが僕らの任務だった。極秘の任務だから家族にも友人にも戦争に行くことを告げることさえ出来ない。「外国に公演旅行に出掛けて来る」そう言い残して僕は家を出た。大丈夫さ、武器を握って戦場に行く訳じゃない。任務を終えたら何食わぬ顔で帰って来ればいい。大丈夫、俺は役者だから。
真夜中。寒い。軍に指定された山中に行くと何名かの同士がいた。知った顔もいる。どうやら芝居関係者が多いようだ。スパイだから演技力を買われたのだろうか?暗闇の中で僕も含め全員が裸に近い格好でボロギレを身に纏い待機している。服も名前もこれまでの人生さえも捨てて全くの別人となって外国に行くのだ。間もなく任務とともに軍が用意したパスポートと荷物を手渡されるのであろう。素性を匂わせるような所持品は一切捨てなければならない。
どれぐらい時間が経っただろうか?約束の時間は過ぎている。予定では目の前の建物から中に入れと合図がくるはずなのに。ボロギレに身を包みながら繁みの中で寒さに震えていたが仲間の一人がとうとう待ち切れずに自ら建物に近づきドアをノックする。「止めとけ!」と誰かが言ったような気もするが、その声とほぼ同時に扉が開く。中から複数の兵士が銃を構えて一済に飛び出して来た。味方ではない。敵の兵士だ。後ろからも横からも現れる。「こいつら一体どこに隠れていたんだろう?」瞬時に僕らは周囲を囲まれていた。
仲間が次々に撃たれてゆく。女の子だっているんだぞ、味方はどこにいるだ、何がどうなったのか分からない。文字通り丸腰で無力な僕らにはどうすることも出来ない。「死ぬんだ」背中から銃声が鳴り響く。僕はうつ伏せに倒れた。自ら身を伏せるようにして倒れたのか、それとも銃撃により倒れたのかも分からない。ただ背中に何発も何発も銃弾が撃ち込まれていくことだけが分る。不思議なことに痛くもなく、苦しくもなく、ただただ何もない感覚だけが大きくなってゆく。何もない…そう、何もない。多分、僕はもう死んでいるのだろう。
ふと気付くと僕は自分の部屋に帰っていた。体が軽い。何の重圧もストレスもない。とても幸せな感覚だった。「死んでも何も変わらないや。それよりむしろ…自由だ」それが正直な感想だった。もうどこにも行かなくていいい。戦争にも行かなくていい。働きに出たり劇場にも行かない。僕はここで静かに暮らしながら詩を書くんだ、絵を書くんだ、音楽を作るんだ、本を書くんだ、ずっとずっと家族のそばにいるんだ。そう思うと心の底から今まで生きていて味わったことのない大きな喜びが込上げた。だけど家族は僕が戦死したことを知らない。それどころか僕らは国や軍からも永遠に戦死扱いにされないはずだ。秘密裏に集められ秘密裏に殺されたのだから。外国に行くとだけ家族に伝えて僕はこのまま一生姿を消すことになる。何も知らない家族はどんな悲しみを背負って残りの人生を生きて行くのだろうか。
何とかして家族に伝えよう。そうだ手紙を書こう。僕はここにいます、心配しないで下さい、もうどこにも行きません、僕は今あなた達のそばでとても幸せです、全てから解放されとても自由です、と。散らかった部屋に散乱する紙やノートを手に取ると、どれもこれも生前に僕が書いた文字でぎっしりだった。やっとの思いで白紙を見つけたけどペンがない。ポケットの中にもペンがない。はやく手紙を書かなければ、はやく…
突然、目の前が暗くなって行く。ぼんやりと暗くなるのではなく左右交互にブラックアウトしていくような、そう、まるで舞台上の明かりが順番に消えていく様に、パチン、パチンと。
「嘘だ?消えてしまうのか?このままこうしてずっとこの場所にいられないのか?僕は消えてしまうのか?」
最後の明かりが消えた・・・パチン。
長い夢から覚めた。
メモや台本が散乱する部屋で「そうか、だからこんな人生を生きているんだ」そう思った。
Lonely Soldier
僕はあの雲になって君に会いに行く。今日も芝居をするよ。
大阪新阪急ホテル主催 推理ビュッフェVol.1 『スイス時計の謎』
【日時】2012年5/3(祝・木)18:00~
【場所】大阪新阪急ホテル
【料金】一般6000円 劇団P・T企画ホームページ特別価格5500円
僕は外国で生きている。多分、イギリスかな?ドイツ?う~ん、とりあえずヨーロッパ。
時代は今から少し前の近代だと思う。
僕は役者をしていて毎日のように劇場で何らかの芝居に出演しているけど所謂主役やスターじゃなくて端役専門。密かに脚本家に憧れていたりする。
仲の良い役者は長身で男前。女性ファンも沢山いて毎晩パブに繰り出せばちょっとしたハーレム状態。僕の隣には誰もいない。時折休憩するかのように女の子が隣に座るけど考え中の脚本の話や演劇論しかしない僕はどうやら彼女らには退屈なようだ。適当に相槌をうってすぐに僕の隣から離れてしまう。しかし僕はそんな毎日に満足していた。芝居の世界で生きていることを心底喜んでいたし、いつか自分が書き上げるであろう自作の芝居を思い浮かべては希望に満ち溢れていたから。
そんなある日。僕らの元に軍から手紙が届いた。そう世界は今、戦争の真っ只中。役者風情の僕らの元にも、とうとう国から召集令状が届いたのだった。
「スパイとして敵国に潜入すること」それが僕らの任務だった。極秘の任務だから家族にも友人にも戦争に行くことを告げることさえ出来ない。「外国に公演旅行に出掛けて来る」そう言い残して僕は家を出た。大丈夫さ、武器を握って戦場に行く訳じゃない。任務を終えたら何食わぬ顔で帰って来ればいい。大丈夫、俺は役者だから。
真夜中。寒い。軍に指定された山中に行くと何名かの同士がいた。知った顔もいる。どうやら芝居関係者が多いようだ。スパイだから演技力を買われたのだろうか?暗闇の中で僕も含め全員が裸に近い格好でボロギレを身に纏い待機している。服も名前もこれまでの人生さえも捨てて全くの別人となって外国に行くのだ。間もなく任務とともに軍が用意したパスポートと荷物を手渡されるのであろう。素性を匂わせるような所持品は一切捨てなければならない。
どれぐらい時間が経っただろうか?約束の時間は過ぎている。予定では目の前の建物から中に入れと合図がくるはずなのに。ボロギレに身を包みながら繁みの中で寒さに震えていたが仲間の一人がとうとう待ち切れずに自ら建物に近づきドアをノックする。「止めとけ!」と誰かが言ったような気もするが、その声とほぼ同時に扉が開く。中から複数の兵士が銃を構えて一済に飛び出して来た。味方ではない。敵の兵士だ。後ろからも横からも現れる。「こいつら一体どこに隠れていたんだろう?」瞬時に僕らは周囲を囲まれていた。
仲間が次々に撃たれてゆく。女の子だっているんだぞ、味方はどこにいるだ、何がどうなったのか分からない。文字通り丸腰で無力な僕らにはどうすることも出来ない。「死ぬんだ」背中から銃声が鳴り響く。僕はうつ伏せに倒れた。自ら身を伏せるようにして倒れたのか、それとも銃撃により倒れたのかも分からない。ただ背中に何発も何発も銃弾が撃ち込まれていくことだけが分る。不思議なことに痛くもなく、苦しくもなく、ただただ何もない感覚だけが大きくなってゆく。何もない…そう、何もない。多分、僕はもう死んでいるのだろう。
ふと気付くと僕は自分の部屋に帰っていた。体が軽い。何の重圧もストレスもない。とても幸せな感覚だった。「死んでも何も変わらないや。それよりむしろ…自由だ」それが正直な感想だった。もうどこにも行かなくていいい。戦争にも行かなくていい。働きに出たり劇場にも行かない。僕はここで静かに暮らしながら詩を書くんだ、絵を書くんだ、音楽を作るんだ、本を書くんだ、ずっとずっと家族のそばにいるんだ。そう思うと心の底から今まで生きていて味わったことのない大きな喜びが込上げた。だけど家族は僕が戦死したことを知らない。それどころか僕らは国や軍からも永遠に戦死扱いにされないはずだ。秘密裏に集められ秘密裏に殺されたのだから。外国に行くとだけ家族に伝えて僕はこのまま一生姿を消すことになる。何も知らない家族はどんな悲しみを背負って残りの人生を生きて行くのだろうか。
何とかして家族に伝えよう。そうだ手紙を書こう。僕はここにいます、心配しないで下さい、もうどこにも行きません、僕は今あなた達のそばでとても幸せです、全てから解放されとても自由です、と。散らかった部屋に散乱する紙やノートを手に取ると、どれもこれも生前に僕が書いた文字でぎっしりだった。やっとの思いで白紙を見つけたけどペンがない。ポケットの中にもペンがない。はやく手紙を書かなければ、はやく…
突然、目の前が暗くなって行く。ぼんやりと暗くなるのではなく左右交互にブラックアウトしていくような、そう、まるで舞台上の明かりが順番に消えていく様に、パチン、パチンと。
「嘘だ?消えてしまうのか?このままこうしてずっとこの場所にいられないのか?僕は消えてしまうのか?」
最後の明かりが消えた・・・パチン。
長い夢から覚めた。
メモや台本が散乱する部屋で「そうか、だからこんな人生を生きているんだ」そう思った。
Lonely Soldier
僕はあの雲になって君に会いに行く。今日も芝居をするよ。
大阪新阪急ホテル主催 推理ビュッフェVol.1 『スイス時計の謎』
【日時】2012年5/3(祝・木)18:00~
【場所】大阪新阪急ホテル
【料金】一般6000円 劇団P・T企画ホームページ特別価格5500円
こんばんは。コメント有難うございます(^-^)
この話をUPしたら、あちらこちらから「芝居になりそうですね」という声を頂いてます。
現実世界と夢(?)、白昼夢のような世界を行き来しつつ、何か少し救われるような・・・癒されるような、そんな物語も良いかも知れませんね。
そういうお話は僕も好きなので(^-^)
暗くなって目が覚める感じ、覚えていないだけで私たち皆が知っていることのような気がします。