天地公道(人生の処方箋)

私達人も天地自然に生かされて、
人力を尽くし、自分の運命を切り開きましょう!

無明と光明

2021-10-26 08:34:00 | 信仰と生活
令和3年10月26日人生の処方箋
[]ライン日記

ある野球選手が、告白しています。引退して56才になっても、すねるクセがなおらず、自分で自分の首を締めたと語ってます。彼にとっては、無明の闇です。しかし、玄関の扉のうちには、出口の見つからない不安でいっぱいの家族がいます。

私は、尊師、御神尊様のおかげで闇に光りを仰ぎました。それまでは、自分の不安には無知があり、無明におちていたのです。

それは心の闇であり道を学ぶこともさりながら、この人ならの師を見いだすことも、今日ただいまの光りにはもっとも大事なことです。

道は、その道を行なってこそ道になります。その道を差し示す人がいます。そして、無明の闇を切り開く決意は、背中を押された貴方が、委ねて進むだけです。

無明は、人と不仲の世界、光明は人を赦す世界。そして自らつながればよいのです。瞬時に希望に満たされます。やります!
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心も衣替え

2021-10-26 08:28:00 | 新陳代謝
令和3年10月25日人生の処方箋
[せっかくの顔を陰気にしない]ライン日記

ようやく朝晩気温が下がるようになりました。なにしろ暑い夏が秋まで影響をあたえました。

私も、長袖の下着にかえています。季節に合わせる衣替えも遅くなりました。人間は妙なクセがあって、暑いと早く涼しくならないかな、愚痴のひとつもこぼします。

人は勝手なものですが、さすがに、寒さに抵抗する人は滅多にいません。気温に合わせて衣類も変え、心身ともに寒暖に備えようと、生活を変えるものです。これは明らかに自力の発揮です。

このように素直な一面があるのに、陰気になりやすいところがあります。変わらないのは、不愉快、不平不満がいっぱいだからです。それでは持てる機能作用は働きません。

時々に不平不満を衣替えすれば、愉快な気持ちが生まれるもの、天地は親その親と歩みをひとつにすれば笑顔です。やります!


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自他力一如

2021-10-26 08:20:00 | 信仰と生活
令和3年10月24日人生の処方箋
[神に他力のワザ 人に自力あり]ライン日記

私はかつての立場から、さまざまな宗教にご縁をいただき勉強させていただきました。各宗派開祖の歴史以来、その信仰には自力本願と他力本願があります。

御神尊様は、他力に頼ることを厳にいましめ、それによって不幸から解放されようとするのは迷信といわれます。しかし、神ワザの他力を否定するものではありません。

運命開拓の道すじは、自力の限りをつくすところに他力のワザが働くのであって、必ず願いは叶えられるものです。

だから御神尊様は、ある宗派の山門に立ち、思わずこぼれたのは、20年の修行から到達した悟りの言葉、本来は『自他力一如なんだがなあ』に万感がこもっていました。やります!

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自力と他力

2021-10-26 08:12:00 | 信仰
令和3年10月23日人生の処方箋
[捨てようと決めるだけで捨てられる]ライン日記

昨日は爽やかな気分が、ある事情にであった途端、気分は最悪となるのはよくあることです。

そこから悩みが始まります。気分の良い時は気持ちが合っているとき、時として対立や心の中で悶々とするときもあります。

そこであっさり決めればいいのですが、自分からは頭を下げたくない、ごめんがいえないわけです。

御神尊様は二つの心を合わせることが、自力。そこから生まれる幸福、健康というおかげを他力といわれます。

事情に関係なく、自力の努力がなければ何も変わりません。合掌は修養であり、そこから出てくるのが実践です。この実践こそ自力のすがたです。

そこに微塵も迷いはありません。そして決めた瞬間に、すべてを捨てています。神はあなたのその思いに感応するのです。やります!
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清濁合わせの合掌

2021-10-26 08:07:00 | 信仰と生活
令和3年10月22日人生の処方箋
[人間の合掌は霊性のあらわれ]ライン日記

オーストリアのウイーンで活動するピアノの調律師がいます。
ピアニストが調律で、こんなキレイな音では幅が狭い表現も深みがないと、汚い音からキレイな音まであってこそ、旋律に深みが生まれるといわれます。

私たちは考えてみれば、長所も短所も併せ持ち、その時々の相手を見る自分の物差し次第です。相手もそのように心を働かせます。それぞれがピアノの清音から濁音まで抱えているのです。

相手を自分流に変えようと、思えば摩擦が起こります。しかしなかには、平然と清濁併せのむ人がいます。

このような人に、私は霊性を感じるものです。どんな個性の人とも交わる心の持ち主に、合掌の心に霊性を感じるものです。やります!
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幸せの鍵

2021-10-26 08:03:00 | 運命と性格
令和3年10月21日人生の処方箋
[自分の性に泣かされる]ライン日記

同じ人間に生まれ、運命になぜ違いがあるのか。これを不可解といわれています。だから、人間はおかげを求めてさまようことになります。

御神尊様は、それは運命の道理を学ぶ機会がなかったからといわれます。心の使い方しだいでおかげは作れるからです。何をどうすれば、おかげは作れるのでしょうか。

いろんな要因のなかで、先ずは性格があります。私は若い頃よく自分のクセ、性(しょう)に泣かされてきたものです。嫌いな人に泣かされるように見えて、実は人を好き嫌いする性格の狭さに泣かされたのです。

これに気づいたのは、大変なおかげといえましょう。改善すべき点が自覚できたからです。『おかげがないと泣くのか』『この性を何とかするぞ』と、改善に向かい涙したいものです。しあわせの鍵がここにあります。やります!

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