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康さんの続鳥海山日記、その中の祓川余話の一節。
ちょっと長いけど紹介させていただきます。(上の写真は大分前のものです。)
祓川余話「大学教授のこと」より
酒もまわってきて、山話に花を咲かせはじめたころ、外からだれかが、
「ごめんください、ごめんください」
と、呼ぶ声がする。
ろうそくの明かりで見るその人は、かなり年配の男の人。普通の作業服に作業ズボン、登山帽に地下たびといういでたちだ。
「まあ、一杯どうですか?」
と酒をさし出したら、
「あっ、ありがとう」
と飲みはじめた。
「いま、風呂から上がったところです。よかったら、露天風呂ですが、入りませんか」
「それはありがたい。お願いします。」
その人は、裏のくぐり戸から外に出ていった。しばらくして、こちらのの味方も終わりとなり、私も外に出てみる。
月は真上に照っている。鳥海山も青白く浮き出してみえる。そして、空一面の星。
居候たちもみな寝ている。私もいつのまにかねむってしまたらしい。
翌朝。
すっかり夜が明けている。なにげなく枕もとに目をやったら、ちり紙を四つ折りにしたものが置いてある。名刺もそろえてある。裏を見たら鉛筆の走り書きがあった。
「ゆうべはありがとうございました。月に照らしだされた鳥海山を眺めながら露天風呂にいれてもらった事は、一生忘れることがないでしょう。」
ちり紙の中を見たら五円札が一枚入っていた。そのころ私の一日の手間賃は四円だった。名刺には、もう名前は覚えていないが、なになに大学教授と書いてある。
私は外に出て山を眺めた。あの人は、どこまで登っただろう。象潟口に行くのだろうか、吹浦口に行くのだろうか。登山杖をたよりに一歩一歩登っているのだろう。
こちらからも、お礼の一言もしたかったのに、寝ている私を起こすまいと、静かに小屋をたって行ったのだろう。今となっても心残りなことである。
ほんとうに山をすきになって登山する人というのは、こういう人たちを言うのかもしれない。静かに山に入っていくのだ。今も健在でおられるだろうか、そうだとしたら、いつか、もういちどお会いしたいものだ。
康さんは文章もいいですし、この鳥海山が好きという感覚が最高ですね。
この最後の一節のために、この文書はあります。