シンAyumilky作業日記

趣味と言われながら本気で作成する男の日々の作業日記です。

映像展のタイトルについてと富士山映像発表しましたの話。

2024-07-13 19:45:04 | 富士山映像

来年2月の23日(日)に開催予定である「松永 歩の最低映像展2.0」ですが、そもそもなんでわざわざ自分の冠をつけたかと言うと、自分は基本的にほとんどTVを観ないのですね。ですので、冠をつけたのは皮肉ったというか、TVのアンチでわざわざ「松永 歩の」とつけたのですね。しかしながら、その辺のジョークもわからず、真剣に受け止められるとちょっと自分が恥ずかしくなってきます。

そんなことはさておき、今回、富士山映像を公開しました。その理由は2月に開催される映像展の入場料の寄付が能登半島へ寄付するために考えてましたが、一応、年内に締め切るため、他の募金を探さなければならなくなりました。そこで思いついたのが、自分の地元でもある富士山が今、オーバーツーリズムや気候の被害にあってるので、そのための富士山募金への寄付でした。富士山への募金は決定しておりませんが現在、選択肢のひとつとして検討中です。

そんな寄付にちなんで、発表したのがFUJISANーUPです。この映像は2005年9月13日に飲み物も持たず、カメラ一台で富士山頂上まで一気に登って、その間、岩の矢印をすべて撮影しました。今考えたら大問題になることです。41分の作品になります。よろしければ、ご覧ください。

 


富士山資料館で「F-UP」発表

2018-07-26 21:32:00 | 富士山映像

もうすでに発表は終わりましたが、4月22日から6月25日までの間、静岡県の裾野市にある富士山資料館で富士山資料館40周年、さらに富士山世界遺産登録5周年もかねて「ふるさと富士山芸術展」が開催されました。

3月下旬頃までに富士山に関する芸術作品を応募するというものでした。

自分も折角の機会なので応募しようと思い、昨年暮れから富士山映像「F-UP」(フジサン•アップ)の再編集を始めました。

この映像は富士山6合目から頂上までに岩に書かれた171の矢印を矢印のマークに変形させるという映像でした。

これが提出までに矢印が何個も発見されたり、はたまた重複したりすることもあり、やり直しも繰り返し、かなり作業は難航しました。

それでもなんとか富士山資料館に提出できましたが、受け取り側の富士山資料館が唯一こだわってたのが、あくまで「芸術展」なので芸術作品なのかどうかでした。

もちろん、芸術作品ですので、そこは問題ありませんでしたが、問題になったのは、ここ数年に事件になってニュースにもなった岩の矢印のイタズラ。

登山者を迷わすために書かれた事件がありました。

しかし、それも自分の映像は事件が起こる10年前程のものであり、また事件になった登り口とは別だったので、展示することになりました。

映像の展示は自分が初めてだったそうで、珍しがられたのが印象に残ってます。

ちなみに富士山の岩の矢印は書いた人は不明なんだそうです。自分は公認だと思って編集してました。


展示中は3度程、見に行きましたがいつも係員の方がこんなことがあったと報告してくださったのがありがたく嬉しかったです。

開催中は事情もあり、ご報告できませんでしたが無事終わってよかったです。

また機会があればYouTubeにアップしたいと思います。

  

映像も古いので昔の4:3のテレビで展示されました。

  
こんな感じで展示されてました。


残念

2009-10-16 21:42:00 | 富士山映像
国民文化祭に応募した結果の通知が来た。結果、「映像文化フェスティバル」「富士山映像フェスティバル」2件ともに落選。作品が富士山の映像のため、「映像文化フェスティバル」の落選はうなづけるが、「富士山映像フェスティバル」での落選は少し驚いた。落選の理由は、色々考えられるがはっきり言ってしまえば、実力不足。素材があまりよくない事と今だマシンに振り回されている感があり、作品を詰めるのにいたってはないのではないかと思う。自分の年齢が年齢だけに厳しい部分はあるが、まだまだ伸びるためののりしろはあると思うので、もう一度、富士山映像は一から、再チャレンジしたいと思う。自分の中での国民文化祭はこれで終わり。
また、国民文化祭に集中していた分、他の作品があまりできなかったので、新たに全然違う作品もこれから地道に作りたいと思う。