170314 若さと年齢 <加山雄三 80歳「若大将」若者から刺激受け>を読んで
今日は時雨?と感じてしまう、雨模様。時雨は秋の季語でしょうか。子規の句では
時雨るや筧をつたふ山の雲
などと多いですね。懸樋をみる機会も見る機会もめったにない昨今ですので、どうもイメージが湧かないというのは情感の鈍さでしょうか。そういえば一昨日は望月の神々しさが薄暮のような中に感じてしまったのですが、昨日、今日と雨雲がどっかとのっかている感じでしょうか。
三日月を時雨てゐるや沖の隅
も風情があるようにも思えるのですが、初春に引き出すのはやはりおかしいですね。
さて、もうすぐ夕方、残り時間はわずかとなりました。終日、打合せや書記官との詰めの話などがあって、あっという間に時間が過ぎ、今日のテーマはまったく浮かびません。報道も連日、いろいろな話題が継続的に繰り返され、あるいは進化系にあるものの、ちょっと趣向がわきません。
ひょいと毎日ウェブサイトで、見出しの記事。うーん、若大将はいつまでも若い。80歳になってもバイタリティあふれる人ですね。若い頃は憧れの的でしたし、いまでもその行動力や精神力には尊敬の気持ちを抱いています。
ほとんど実際のところは知りませんが、80歳の加山氏について、なにか書いてみようかと思っています。
おそらく若い頃は、若大将シリーズだけに惹かれて、映画も見ていたように思います。音楽はできなくてもできれば楽器をなにか演奏したいと思わせてくれる魅力が一杯でした。下手の横好きで、スキー、テニス、ゴルフ、ヨット、エアライフル、ボクシング、などなど、つぎつぎとあれこれ手を出したのも、映画の影響でしょうか。むろん加山さんにはなんの関係もないのですが、それだけ若者にとって魅力がありすぎたのでしょうか。
どうも少し上の世代に惹かれる傾向があったのでしょうか、あるいは若者はいつもそんなものでしょうか。当時は、裕次郎、旭、雄三、そして健さん、あたりに夢中になっていたように思います。みんな若い頃は細身でしたが、その後中年太りして、動きが鈍くなりましたが、加山さん、健さんは70歳すぎても相当動きがよかったように思うのです。
で、加山さんに集中すると、若い頃の映画、「椿三十郎」や「赤ひげ」などをみる機会があり、この頃の加山さんは繊細さを感じさせ、ひ弱さもあり、人間味を感じます。その意味では、若大将シリーズは、当然ながらスーパーヒーローというまさに映画界によってつくられたイメージづくりが先行していたのでしょう。
その後いつだったか、彼の著作「この愛いつまでも」を読む機会があり、そこで彼の人間としての素晴らしさを感じました。奥さんは巨泉さんの番組か何かにちょっと出ていたくらいでさほど目立たない方でしたが、その加山さんへの愛情は真剣だったのでしょう。
加山さんは、父の巨額借金を背負い、借金地獄となり、その中でスキー事故で瀕死の重傷を負ったと記憶しています。そのとき奥さんがしっかり支えたことで、加山さん自身、家族の愛を改めて強く感じたのではないかと思うのです。
私が加山さんのことをほとんど知らないのに触れるのは、私自身、このブログでいわば私流エンディングノートを書き続ける際、一つの遠くにある灯籠の灯火のようにも思えるからです。
加山さんは、どんな苦しいときも音を上げず、明るさを忘れず、人に接してきたように思うのです。いまは少し若い世代の音楽家と共演しながら、そのエネルギーを枯れさせず、いつまでも若く滾るような情熱を示してくれているように思うのです。
といって年をとればとった魅力もあるでしょう。単に若さあふれる言動、活動だけがいいとも限らないと思っています。むろん加山さんの若さあふれる行動の魅力は掛け値なしですが、80歳、さらには90、100歳それぞれに応じた積み重ねた魅力もあるでしょう。
そこで思うに、精神というものは、人は気持ち次第、あるいは毎日の心がけ次第で、いつまでも若さを保つことが出来るように思うのです。自分が年取った、記憶が衰えた、仕方がない、ちょっと歩くのもしんどい、少し楽して車やエスカレータで行こうと考えると、どんどん退化していくのではないかと思うのです。
私は体調が悪いときは別として、最近次第に調子が上向いているせいか、久しぶりに大阪に出たときも、あの混雑の中、相当のスピードで人をかき分けて歩きました。また、むろん長い階段も2段ずつ上っていきました。少しは体の若返りとまで行かなくても、体力の退化を押しとどめているように思っています。
いまさまざまな便利なモノがあるため、それを安易に使う傾向があるのかなと思うのです。それでエネルギーも必要以上に消費し、それが集中すれば電力ショートも起こりうるでしょう。しかし、ちょっと江戸時代を振り返れば、いや戦後ある時期まで、ほとんど電力消費はなかったのではと思うのです。夏も冬もエアコンなし、自然の厳しさに耐えていたように思います。それが健康を維持できる体力維持ともなりえたのではないかと思うのです。
加山さんのバイタリティや若さの源が何かは知りませんが、その魅力は絶賛してもいいものの、異なる生き方も評価していいと思うのです。地域の日常で自分なりの生き方を地道に、そして誠実に続けること、そしてある時期をすぎればその一つ一つの選択が社会的責任と係わっていることも自覚できますし、若さやバイタリティとは異なる魅力のある生き方もありえると思うのです。
いま私はそれが何かを示すことが出来ませんが、日々の細かい、小さな言動・行動の選択においても実現できることではないかと思うのです。おそらく加山さんは日常的にそのような生き生きとした、そしてよく考えた選択を続けてこられたのではないかと思います。
<「若手の音を聴いて『これどうやって作ったんだろ!?』ってビックリするわけ。おれと全く違うんだな。おれのこと知らないんじゃないの。でも、これでいいんだ。知らない者同士による面白がり屋のエネルギーが相乗効果を生む。これが音楽の醍醐味(だいごみ)だよ」と加山の歌声がバラバラに分解され再構築された「新世界」を呵々大笑(かかたいしょう)で受け入れる。 >
このような発想で、加山さんはおそらく多様なエネルギーを受け入れ、さらに進化して、新たな加山像を見いだしていくのかもしれません。
私も、加山さんのまねはできませんが、自分に少しでも正直に日々を送って、その一面をこのブログでも書き続けてみたいと思います。そしてその中に、自分という自我がほんとうにあるのかも、死の瞬間まで問い続けることになるのかもしれません。
一時間もかけないで書き上げたもので、いつも以上に粗雑ですが、加山さんの一ファンとして、これからもがんばってもらいたい思いも含め、あえて書いてみました。