光と影の軌跡Ⅱ

つれづれなるおじさんの写真日記

田の神様と稲刈り②‐木更津/大寺・牛袋そして瓜倉

2023年08月30日 | 日記

 8/19(土)ツレと木更津市大寺の不思議な石像と稲刈りを撮影した後、近くの椿橋近くにある馬頭観音像を訪れました。

  この馬頭観音は千葉県最大級の馬頭観音像で、台座込みの高さが173㎝もあります。この馬頭観音像を見学したのは2度目。最近もう一度見たいという気持ちが湧いてきて、雑用を片付け漸く見学出来ました。

 馬乗りの馬頭観音像右横に寛政8年(1796年)3月吉日と刻んであるので、いまから227年も前に造られた石像です。小櫃川沿いにポツンと佇んでいて、江戸時代の人たちのお参りする姿が浮かんでくるようです。

 この後小櫃川を下り車で10分位の場所にある小櫃堰公園に車を停めました。小櫃堰の周りに整備された公園で、8.55ヘクタール(東京ドーム2個分)の敷地面積を持つ広い公園です。この公園の道を隔てた田んぼの中に小さな石柱があるのです。

 小山の様な木の側に高さ50~60㎝の石柱が置かれています。仏様や文字の様な物が刻まれ、道祖神の様に大事にされている石柱です。

 稲の生育が良く田んぼは、黄金色一色です。木更津も海近くの金田地区では、稲刈りが始まっているのではないかと思い行ってみました。やはり畔戸漁港近くの金田・瓜倉では、稲刈りの真っ最中でした。

 最近の稲刈りは全自動のコンバインを使っているので、殆んど人手がいりません。軽トラのタンクに刈ってきた籾(モミ)を入れるだけです。ですからここには小父さんと小母さんの2人しかいません。時代が変わってます。昔の天日干しをした稲の帆先から籾を脱穀機で分離していた時代が懐かしいですね。


木更津・袖ケ浦の田の神様と稲刈り①

2023年08月28日 | 日記

 8/18(金)の事です。木更津と袖ヶ浦の境辺りをドライブしていると、稲穂が黄金色に染まった田んぼの稲刈りを見かけました。もう台風も何個か通過しているし,稲刈りが本格的に始まろうとしている気配です。そして田んぼで稲刈りをしているコンバインの少し先に田の神様を見つけました。

 道路は幅の狭い農道で、長くは停めて置くわけに行きません。側にあった空き地に停めコンバインと田の神様のツーショット?を撮影しました。

 その内にコンバインの後ろに1羽のシラサギが下りて来て、コンバインの後をついて来ます。コンバインの後には餌になる虫たちが、掘り起こされるからです。何時もは10羽近く来るのですが、今回は1羽だけでした。

  翌19日の早朝、ツレとこの田の神様を撮影に行きました。こんな場所にポッンと置かれて不思議な遺跡です。道路から約50m位入った小山の上に鎮座しています。

 近くに寄って見ました。台座はハスの花の形で、お地蔵様と言うより観音様のよう。そして道路の方を向いており、行き交う人たちを見守っているようです。

 この像の側には何個かの石柱の様な物が転がっていました。丁度その時この田んぼの持ち主が通りかかったので聞いても見ました。昔からある石像、一度台風で倒れてしまい、起こして修復したそうです。近くの石柱の様な物はなんだかわからないとの事でした。

 それにしても不思議な石像です。この辺りは昔、望陀という地区で寺院等があって、栄えた場所だったようです。ツレもここに農学校があったと言っていました。まだいろいろな遺跡が隠れているようで、ワクワクしてきました。その後地主さんは自転車に乗り、自宅に戻って行きました。


木更津の花火‐真夏の夜の夢

2023年08月25日 | 日記

 台風7号が接近するなか、8/14~15の第76回木更津港まつりはどうなるかと思っていたのですが、決行するとの由。14日のやっさいもっさい踊り大会の見学はパスして、15日の花火大会を自宅2階から撮影をする事にしました。

 今年はコロナ禍が明けて初めての港まつり。花火大会にも気合が入っているようです。時間は午後7時10分から、8時30分までの80分です。ツレと2階で7時頃から三脚を立てたりして待っていたのですが、約10分遅れの7時20分頃から花火が打ち上げられました。

  プログラムによると最初はホテル三日月、提供のスターマイン「地域の皆様とともに 木更津を元気に」です。風もそれ程強く吹いておらず綺麗な花火が夜空を照らし出しています。

 打ち上げ数は約13000発。今年はまだ不明ですが、例年の人出は25万人だそうです。私たちも何年か前、長須賀の蓮田農家さんの招待で、蓮田から花火を見ました。しかし帰りの道路が大渋滞、もう2度と花火見物には出かけないと思ってしまいました。それ以来自宅の2階で見物しています。

 ある花火大会のサイトに、千葉県花火大会打ち上げ数ランキングが載っていました。それによると1位は松戸花火大会で、約2万5000発。2位幕張ビーチ花火フェスタで約2万発、3位は佐倉の花火大会1万8000発。4位が市川市民納涼花火大会約1万4000発、5位は手賀沼花火大会で約1万3500発。そして6位が第76回木更津港まつり、花火大会の1万3000発です。木更津の花火も捨てたもんじゃないですね。

 花火の写真も難しいですね。木更津の花火を撮り始めて5~6年たちますが、納得するような写真はなかなか撮影できません。それに撮影位置が問題です。電線や鉄塔が入り込んで思った様なアングルがとれないことが多いです。

 心配された雨も降らず午後8時30分頃に終了です。残念なのは花火のポスターに、豪快二尺玉5連発等と書かれていましたが、解説の放送が聞こえないので、どれがその花火だったのか?わかりませんでした。しかし夜空に花開く美しい花火に大満足。来年も撮影してみようとツレと話しをしています。


138年続く大戸見の神楽③-君津市稲荷神社

2023年08月23日 | 日記

  お囃子が終わるといよいよ神楽舞の始まりです。この神楽舞は2人立ちの獅子舞で、江戸時代の天保7年(1836年)に灌漑用水が完成し、地区の人が喜び五穀豊穣を祈願して奉納されたのが始まりとされています。

  この日は気温が高く、演じている大戸見の神楽保存会の人たちは汗だくです。冷たい飲み物を仲間が補充して頑張っていました。

 大戸見の神楽は人が成長していく過程を表現しており、最初は一人歩きの出来ない幼児期を表現する『前かがり』です。

 そして踊り手が御幣を持って舞う『御幣の舞』と続きます。

 さらに少年期を表現するという『くるい』が始まりました。この『くるい』は若者が恋人に恋い焦がれる様子を豪快な動きで表現しており、お囃子も激しくなり最高の見せ場となっています。

 次いで『おくり』という舞が演じられ、約20分間の神楽舞が終了しました。100年以上続くという伝統の神楽舞素晴らしかったです。そして大戸見の神楽保存会の方にお礼を言って帰宅の途につきました。


天保7年から続く君津市・稲荷神社の神楽②

2023年08月21日 | 日記

 2台の神楽櫃が稲荷神社本殿右側に鎮座すると、役員の人達は本殿の中で行われる神事に参加。他の大戸見の神楽保存会の人達は、境内で軽い飲食で休憩です。

  30分位で本殿の神事が終了し、役員と保存会の人たちの手で改装なった神楽櫃が担ぎだされます。神楽奉納前には、お囃子を奏でながら鳥居を潜りなおす「入れ込み」が行われるのです。

 また苦労して鳥居を潜らせました。そして神楽殿に神楽櫃を納めます。通常は2基の神楽櫃の獅子が神楽舞を舞うのですが、今年は都合で1基のみとの事でした。

  神楽殿の入り口はそれ程高くないので、神楽櫃を入れるのにまた一苦労。突き出ている屋根の部品を取ってやっと収まりました。その後小太鼓や大太鼓を揃えてお囃子の演奏が始まりました。

 神楽舞の前のお囃子ですが、最初は「ばか囃子」の演奏です。

 この演奏には今年から参加した女性の方と子供さんが加わっていました。相当練習したのでしょうが、とても見事なお囃子が境内に流れていました。

  そしてお囃子を演奏する方が少し入れ替わり、曲も五囃子という曲になりました。終了するといよいよ神楽舞の始まりです。


江戸時代から続いている大戸見の神楽①-君津市稲荷神社

2023年08月18日 | 日記

  8/05(土)1か月前から予定していた君津市稲荷神社「大戸見の神楽」をツレと見てきました。この神楽もコロナ禍の為中止を余儀なくされ、関係者の努力により、今年4年ぶりの開催に漕ぎつけたのです。木更津の自宅を車で出たのが午前7時50分頃、1時間位で神社に到着しました。

  この大戸見の神楽は、稲荷神社の祭礼の時に神楽殿で演じられる2人立ちの獅子舞です。江戸時代天保7年(1836年)に灌漑用水が完成して村人が喜び、五穀豊穣を祈願して奉納したのが始まりと言われています。

 神社に着くと本殿にお参りし境内を見て回りました。すると境内にいた係の人が、午前9時になったら「大日堂で待機している神楽櫃が2基境内に来ますと」教えてくれました。急いで大日堂のある広場に行って見ると、沢山の人が獅子頭の収められた神楽櫃(かぐらびつ)を担いでいます。神楽櫃につけられた太鼓が叩かれお囃子が始まりました、そこには神主さんもいて、御幣でお祓いをして出発です。

 静な山間の道を神楽櫃がお囃子に導かれる様に進んで行きます。風情のある光景がとてもフォトジェニック。

  神楽櫃が境内に入り、境内中央の鳥居を潜ります。鳥居に神楽櫃が接触しない様に進むので大変です。

 ようやく潜って本殿前に進みました。

 本殿前で神主さんが御幣を振るう神事が行われます。

 2基の神楽櫃が本殿右に揃った際も、神主さんによる御幣の神事が行われました。2基の神楽櫃は並んで獅子舞が始まるまで静かに休憩です。保存会の会長さんによると最初に境内に入った神楽櫃は新しくリニューアルされた物で、今回が初公開だそうです。その為に約320万もの費用がかかったとの由。トップの写真がその神楽櫃。下の写真はもう1基の神楽櫃の側面写真です。


今も続く民話の世界-野田神社の虫送り

2023年08月16日 | 日記

 4年ぶりに袖ヶ浦市野田神社の虫送りが行われると言うので、ツレと行って来ました。4年前と日程は同じだろうと思い午前9時頃野田神社を訪ねたのです。ところが神社には駐車場に2~3台の車が置かれただけで誰もいません。本殿の側に行って見ると、虫送りの神輿が置かれていたと思われる台があり、「R5年野田区虫送り開催概要」と言う表が落ちていました。

 その表によると、午前8時20分集合 8時30分出発で順路は、神社~西側~もこやし坂で小学生解散~東側~北側~矢沢方面~野田堰(解散)となっていました。折角ここまで来たので、この行列を追っかける事にしました。そして10時頃鎌倉街道をのぞみの団地方面に行く坂道で、神輿を載せた軽トラを見つけました。

 そこにいた方に「これは野田神社の虫送りですか?」と聞いて見ました。すると「そうです。今休憩中ですよ」との由。そこで持参した4年前撮影した虫送りのスナップ写真やフォトブックを、元区長の仲田さん渡しました。とても喜んでいただき、坂の側の家にいる方の写真もあるので、直接渡すと喜ばれると言ってくださいました。

  早速行って見ると庭にその方いたので、神輿の鳳凰を持った写真をさし上げました。4年前に撮ったこの下の写真です。野田地区の重鎮の方だそうですが、懐かしいと言って写真をじっと見ていました。

 休憩の後、虫送りの神輿を子供たちが担いで氏子の家の前で「わっしょい!豊年」のかけ声をかけはじめました。そして家の人が出て来ると「わー!」と大声を出しながら神輿を揉みます。家の人からお捻りを貰い、次の家に移動して行くのです。

 こうして各家々を廻っていきます。まさしく神輿行事の原型です。家と家が離れている場合は神輿は軽トラに積まれて先行し、子供たちが来るのを待つのです。

 虫送りは稲に虫がつかないように願う農耕儀礼の一つで、古くから日本各地で行われていました。ツレも子供の頃には、木更津でも虫送りがあったと言っていました。虫送りに使われる神輿は全て手作りで、神輿の一番上には稲穂を咥えた鳳凰(ほうおう)が立っています。

  そして子供たちが担いだ神輿は最後に、溜池の野田堰に投げ込まれます。元区長の仲田さんから「これは見る価値がある」言われたので、野田堰に行って待機していました。約20分位待っていたのですが、11時20分頃野田堰の通路に子供たちの姿が見えてきました。

 堰の入り口には防護柵が張ってあり、役員がカギを開け神輿を堰の側まで運びました。そして勢いよく堰に投げ込みました。虫送りのクライマックスです。役員の御厚意で、私はすぐ側で撮影させてもらいました。下7枚がその写真です。今回は神輿の制作は撮影出来ませんでしたが、神輿を野田堰に投げ込むシーン等が見られ貴重な一日になりました。

 以前は投げ込んだ神輿を遠くまで流すので、堰に人が入って泳いで押したそうです。また神輿の材料は全部自然の物で、堰に溶け込んでも害にならない物を使用しています。


木更津界隈‐旧中郷浄水場近辺

2023年08月14日 | 日記

 8/3(木)と7/28(金)ツレと車で、木更津市郊外の大寺地区にある木更津旧中郷浄水場を撮影して来ました。4か月前の4月にも行ったのですが、近未来の荒涼とした廃墟の様な光景を見たくて訪問してみました。

 初めは7/28の訪問です。7月の終わりともなると機械や建物の周りに雑草がいっぱい生えていました。公共の設備なので、草刈りが入るのでしょうが、雑草に覆われた景観も見応えがあります。ツレと写真を撮影していると年寄りと思われる男性が、ニッポン放送木更津送信所の方に自転車で走って行きました。廃墟のような場所と自転車のコラボがちょっとフォトジェニックです。

 旧中郷浄水場の入り口に行って見たのですが、やはり誰もいなくて門が閉まっていました。いつ頃まで使用されていた施設なのでしょうか?できれば許可をとって場内も撮影させてもらいたいものです。

  8/3は市役所で所用を済ませた後、ツレと木更津市旧中郷浄水場を再訪しました。何時もと違う方向から撮影したいと思い、細い田んぼ道を車で入って行きました。

  何時も見るタンクとは違い、2基並んでいると迫力があります。錆びたタンクもこの角度から見るとLNG(液化天然ガス)のタンクのようです。

 巨大なタンクの後ろ側に行ってみました。迫力がありますね。こんな巨大な施設を何時までも、ほっておいてよいのでしょうか?木更津市は市役所の立て替え等、後手後手に廻ることが多いです。もう少し有効かつスピーディーに色々な事を進行させてほしいものです。


袖ヶ浦市飽富神社の例大祭‐延喜式にも載っている古社の祭り

2023年08月09日 | 日記

 7/24(月)袖ヶ浦市の飯富(いいとみ)地区にある飽富神社(あきとみじんじゃ)の例大祭をツレと見てきました。ここもコロナ禍の為4年ぶりの開催でした。

   神社に着いたのは午前9時頃です。もう神事は始まっていて境内の手前左側の遙拝所(ようはいじょ)に沢山の氏子が整列していました。ここの神事を取り仕切るのは、木更津・八剱八幡神社の神主と神官です。

 境内には何故か大きなお釜が置かれていました。飽富神社は毎年1月に筒粥神事が行われているので、その関係なのかと想像してしまいました。遙拝所の神事が終わると今度は本殿に移り新たな神事が始まりました。

 不思議に思ったのは、本殿横に新しく作られた提灯が3基立てかけられていたことです。夜になると何処かに置かれて照らすのでしょうが、他の神社ではあまり見かけない物ですから。

 また飽富神社は平安時代に出された『延喜式』と言う法令集に記載されています。先程の提灯にも式内社と書かれており、格式の高い神社です。この神社は綏靖(すいぜい)天皇元年(紀元前581年)に神八井耳の命(かむやいみみのみこと)が創始したとの由。社殿は元禄4年(1691年)再建された権現造り、祭神は倉稲魂尊で農業の神様です。

  本殿の前に2基の神輿が置かれています。神輿には八剱八幡神社の大神輿と同じように、鳳凰の口は初穂を咥えています。

 境内には珍しく屋台の準備が行われていました。これまで何度もこの神社の祭りを見に来ましたが、屋台が出るのは初めてです。

 その後神輿の前で御霊入れの儀式が始まりました。例大祭最大の神事のようです。役員や氏子代表が玉串を捧げていました。

 これで例大祭もひと段落です。この後神主さんを中心に記念撮影が行われました。また境内で知り合いの八剱神社の年番の方たちとお会いしました。お互いにビックリ、暫く話をしてから帰宅しました。


シラサギとコラボするカルガモたち-フェンスに降りるカルガモもいました!

2023年08月07日 | 日記

 8/1(火)午前6時50分頃ツレと、自宅近くの田んぼ道を散策している時でした。農業用水から1羽のカルガモが飛び立ち、農業用水近くのフェンスに舞い降りてきました。ツレと二人して驚きました。カルガモの足には「水かき」があり、フェンスの様な物には止まれないと思っていたし、そんな所にいるのは見た事がありません。しかしそのカルガモは、しっかりと止まっていたのです。

 この日は曇りがちでしたが風が強く吹いていたせいか、富士山が見えました。もう雪は無く青く見える富士山がとても綺麗です。

 7/19(水)午前6時頃ですが、この日もツレと早朝散歩をしていた時の事です。農業用水の土手にシラサギとカルガモの群れが、翼を休めている光景に出会いました。

 シラサギは3羽、カルガモは20羽位確認できました。前から感じていたことですが、シラサギとカルガモは仲良しですね。一緒にいるのをよく見かけます。

 シラサギとカルガモが一緒の場面はよく撮影しますが、こんなに沢山のカルガモとシラサギは見た事がありません。さかんにシャッターを切っていると内房線の線路を、特急さざなみ2号が通過して行きました。この列車は君津を午前5時52分に発車し、木更津を5時59分に出て東京駅に向かいます。面白いタイミングで特急が来たので、野鳥たちとのコラボを撮影しました。

 そして自宅に戻りましたが、自宅の庭には火星人の様な鬼百合が沢山咲いていました。白いテッポウユリは見るのですが、赤い鬼百合は珍しいです。

 近くには小さくて可愛いアマガエルも見かけたので撮影しておきました。アマガエルと眼があって挨拶されているような気になり、声をかけてみましたが、当然無視されガッカリです。