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台風18号がやって来ようという10月5日、ツアーは決行された。新宿を夜半前に出た毎日ツアーのバスに、未だ明けやらぬ朝5時、僕は道の駅「親不知ピアパークで」合流した。夜行バスで山には入るツアー会社が次第に減っている中で、この会社なかなかのものである。しかも、台風18号は関東を直撃しようかというコースで北上していた。こんな時キャンセルするお客さんも多いのだが、それも殆ど無く、皆さんそれぞれの自宅を捨てて?の裏劔ツアーへの参加である。
「問題は初日だけ・・・・・・・ならばその日さえ何とかやり過ごせば、台風一過の素晴らしい山行が楽しめる。」
こんな時、僕はいつもそう考えるのだ。天気予報は当たるも八卦、あたらぬも八卦。台風などはその八割方山行には関係無くて、多少荒れたとしても行動は十分可能である。台風が通過すれば、その後には殆どの場合好天がやってくる。千切れる雲、抜けるような青空。嵐から回復する空は実にドラマチックだ。そんな様を自分の体で感じることが出来る訳だから、行かぬ手はないと僕は思うのだ。天気の良いところばかりを歩こうなんて、虫が良すぎる話でもある。
到着した室堂はやはり雨が降り始めていた。台風一過の立山劔周辺は、寒気が流入し雪になる予報。携帯やラジオで情報を集め、早めの出発が吉と判断する。風は未だ穏やかで、台風が近くに居るとはあまり感じない。雷鳥沢から別山乗越を越えるまではとても暖かく合羽の中は汗ばむ程だった。
しかし、天候は激変した。劔御前小屋で少し休ませてもらっているわずかな間に急に風向きが北向きに変わると、猛烈な吹き下ろしの冷たい風が吹き始めた。ミゾレではないが、雨は冷たい氷雨である。本日の宿泊地「劔沢小屋」への40分程の間に我々の体はすっかり冷え切り、体はカタカタと震えた。小屋に入ろうにも殆ど全員の両手は痺れ靴紐を緩めることが出来なかった。
こんな時に何かあったらと思うと、ぞっとする。低体温症になり易いのは、まさしくこんな季節なのだ。例えば誰かが転んで怪我をしたとして全員がそれを待たなければならないとしたら・・・・・・・五分、十分待つだけで、あっという間にかなりの人は低体温症になりかけるだろう。行動時間が短く、先が見えている状態だから劔沢まで来られたが、これ以上の行動が必要ならば、御前小屋に宿泊すべき状態だったろうと思う。十月は天候さえ良ければ、夏山とさほど変わらない。だが、台風や寒冷前線が通過すればその殆どの場合、背後には寒気が降りてくる。気をつけなければならないと思う。
外では、断続的ではあるが荒れ狂う風と叩きつける雨が一晩中続いていた。しかし劔沢小屋はとても暖かく快適だった。
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夜明け前、妙に静かになった外に出てみると、ようやく白み始めた劔沢周辺の景色は一変していた。小屋前で5センチの積雪。お客さんの歓喜の声。劔岳が星空に白く浮かび上がっている。次第に明け行く空に興奮したり、寒いからまた引っ込んだり、忙しいお客さん。後立山連峰から顔を出した太陽に照らされて輝く劔岳。初冠雪である。視線を谷底に向ければ、色づく紅葉は未だ影の中にようやく見て取れる程度だ。積雪の下りには少し不安があるがいい日になる予感に溢れていた。
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劔沢小屋の新平君に劔沢雪渓の状況を聞いて出発した。幸いにも雪は滑りにくく、アイゼンなしで問題なく下ることが出来た。雪渓に降り立ちアイゼンを履いた。例年に無く積雪は多めで、新平君から聞いたポイントを注意して下って行く。平蔵谷、長治郎谷・・・・・上部には雪を頂く劔岳、未だ陽の入らない谷越しに臨むそれはまるで幻のように見えた。
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既に営業を終えた真砂沢ロッジを通過して二股の橋を渡ると、八峰の裏側に三ノ窓雪渓が姿を現す。ここでまるで回り舞台を回すかのように新たな世界が展開する。いよいよ僕らは、裏劔の領域に踏み込んだのだ。この美しい三ノ窓雪渓は、数年前氷河であることが確認された。新雪を頂く八峰上部とチンネ、素晴らしい紅葉の谷を流れ下る日本の氷河「三ノ窓雪渓」。誰もが感嘆の声を上げる。他はどこだと言われても困るが、もし日本の絶景五指を選ぶとしたら、ここは絶対に外せないと僕は思うのだ。しかもここへやってくる事はそう簡単な事では無い。頑張った人にだけ与えられる、特別なご褒美・・・・・そんな感じ。
劔沢から離れて、仙人新道を登り、池ノ平周辺を散策した。その日の後半、まだ残る寒気のためか、次第に辺りはガスに包まれてはしまったが、最高の裏劔を我々は堪能した。そしてそのハイライトは仙人池に尽きるのだ。
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左が三ノ窓雪渓、右は小窓雪渓。いずれも氷河である。
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池ノ平をグルリ
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池ノ平はかつてモリブデン鉱山だった、そこ此処に鉱山道があり、その先には坑道跡が存在する
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仙人池ヒュッテ脇に姿を現したオコジョ 超キュート!
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月夜に劔を映す仙人池
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未明 月に劔岳
仙人池ヒュッテに入り夕焼けの裏劔を期待したがそれは叶わなかった。茜空に浮かび上がる、漆黒の劔岳八峰のシルエットは、あり得ない美しさだ。一回の訪問でそこまで見せるのは神様もサービスのし過ぎってものだ。この小屋に毎年通い、長期滞在をするカメラマン達が大勢いる。みんな、最高の仙人池を撮りたくて、おかしくなってしまった人達ばかりだ。人をそこまで虜にさせる仙人池、それは特別な場所なのだ。北アルプスの宝石である。
消灯間近に雲は切れ無風の仙人池には月夜に照らされた劔岳がはっきりと見て取れた。皆が眠る小屋を静かに抜け出してカメラに納めた。
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朝日に焼ける仙人池
三泊目の阿曽原(アゾハラ)温泉までは、スリリングな仙人谷沿いの下降と、雲切新道の下りとなる。侮れないこのルート。不安定なザレ気味の草付き斜面を横切りながら下るこのルートは、失敗したら数十メートル滑落してしまう場所もそこ此処に点在する。ぼくに出来る事は、注意喚起をするだけで、あとはそれぞれに任せるしかないのが実際の所だが、下りと言うこともあって、他とは違うなんかいやな感じがする所なのだ。初日の氷雨の別山乗越越えもそうだった。少し大袈裟かも知れないが、何気なく歩けるこんな場所にも実は生と死の境界線が存在しているのだと強く感じる、此処はそう言うルートだ。祈るように先頭を歩いた。
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折尾の大滝
三泊目、阿曽原温泉で野趣溢れる温泉を堪能する。屋根もなければ脱衣所もない。「見るなら見ろい!」というこの露天風呂。僕が入った男の子の時間は、皆大人しくしみじみした感じで入浴していた訳だが、我がパーティーの女性客に聞けば、なんと女の子の時間にはナイスバディーの若い女性三人が、全裸でダンスをしていたというではないか!この露天風呂の開放感は半端ではないと言うことだが、そんな女性の光景を見たいような見たくないような・・・・・・微妙な僕である。
この日谷間ながら皆既月食も見ることが出来た。なんとドラマチックな山旅であろう?
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大太鼓付近
最終日、旧日電歩道を欅平へと歩く。この道は黒部川の電源開発の為に作られた道だが、谷底までの高度差は高いところで300メートル程もある。概ね80センチ程の道幅があるから、廊下をまっすぐ歩ける人なら大丈夫と思うが、垂直の壁に掘り切られた道や、丸太で作られた桟橋を谷底を見ながら通過するのは、ガイド的にはあまり気持ちが良いものではない。間違って足を滑らしたら、一巻の終わりである。欅平の広場に降り立つまで僕の祈りは続いた。
黒部峡谷鉄道のトロッコに乗るのは、果たして何回目だろうか?数え切れないほど乗った。その車窓から見る景色は、あまりにも見慣れてしまって何も感じなくなってしまった僕だが、それは心の底からほっとしてウトウト居眠りをする至福の時なのである。
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知らずにまたいだマムシ お客さんが発見し騒然とする。
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