歩く事について人は、掴まり立ちを始めてからというもの、他の人にとやかく言われたことがないというのがほとんどだと思う。実は僕もいわれたことはない。それは自然に誰もが出来る事だし、モデルのように格好良くとかでなければ平地を歩く分には何も問題が無いからだ。
しかし、その場が登山道となればその事情は少し違ってくる。僕は山岳ガイドという仕事をしてきて、沢山の人の歩き方を見てきたのだが、それは人それぞれ、いろいろなんだなあと思うようになった。傾斜が緩かったり平らな登山道ならば問題なく歩ける人が、傾斜が急になったり、足下がザラザラしていたり、ガラ場だったりすると、とたんに歩行スピードが落ちてしまう事が良くある。
登山道での歩きが問題になる場面は、その殆どは下ることであると思う。その原因は、下る事への恐怖心だ。「落っこちたらどうしよう?」という恐怖心が人に身をすくませ、歩きを消極的にさせる。では消極的だと何が悪いのか?んーーー。安全第一と考えれば、もしかしたら悪くはないかも知れない。しかし、山をよりスピーディーに、難易度の高い山をそしてより安全にと目指すのであれば、歩く技術は非常に大切な事になってくる。そこで、今回の「徹底的歩き方講習」とあいなった。
不安定な場所が恐いのなら、この時期スキー場のゲレンデを利用して、歩きを方を学び体験する事は、その手っ取り早い上達法になると思う。足の裏が滑りやすいのだからそれを感じて、足の裏でコントロールする事が解りやすいのだ。雪の斜面も、ザラ場も、ガラ場もそのずるずる滑りやすい感覚はどれも同じようなものだ。滑りやすいからそれをどうコントロールするかって事。
しかし、ここでそれを説明するのは至難の業である。だからしないが、あえて言えば、下山時、体は重力に引っ張られ降りようとしているのだから、逆らっちゃダメって事で、滑って転ぶ前に降りちゃえってことで、恐くても谷に体を向け続けるってことで、それを理屈で理解して、実地で何度でも繰り返し体感するって事なのだ。ちっとも端的じゃないね。歩きって、何十年もそれぞれがかって気ままにやって来たことだから、そんなに簡単に直る訳がないのも紛れもない事実である。でも、先ずは練習、練習、体が覚えるまで。
快晴の栂池スキー場栂の森からゲレンデを講習をしながら下る。普段のツアーでは、あまりやらない事もお客さんにドンドンやってもらう。前傾して下ること。恐怖とお友達になること。雪の上だから足下はすこぶる滑りやすいが、転んでもそこは雪の上。痛くなんかないから、思い切っていきましょう!スキーヤーに遠慮して端っこを下るが、「あいつらなにやってんの?」という視線が痛い。やたらなスキー場でゲレンデを歩き回っていると怒られますのでご注意を。
普通に下ったら30分もあればついてしまうのに、この日は2時間かけていろいろ試した。ゲレンデ脇を使って動画をとったりもした。あと、夕食時に自分の歩きを確認してもらおう。うれし恥ずかし自分の歩き。やってみれば、試すことがいくらでもあって、練習方法もいろんなやり方があって、語ることも沢山で僕の喉はカラカラ。この日は気温も急上昇。ああ、早くビールが飲みたい。
最初怖がってへっぴり腰だった今回の生徒諸君も、だんだん慣れて、放っておけば遙か彼方まで下ってしまっていてノリノリのお客さん。羊飼いペーターは結構大変です。終わってみれば、赤沼ガイドが口やかましくヤイヤイいう講習会だったのに「楽しかったあ!」とお客さんの声。ありがたいことです。
二日目は同じく栂池スキー場より実地訓練、栂池自然園を目指す。自然園では皆さん初めてのワカン体験。取り付けるだけでも必死?笑 でもいろんな雪、いろんな道具を試して、それを足の裏が、体が覚えていく。
自然園の大雪原を、自由に歩く。自分の道は自分でつくる。行ける思ったところはどこでも自分の道になる。それが冬山の楽しみ。前方には白馬岳。この日は風強くブリザード気味。風が見えるかな?
丘を登り、わざわざ急な斜面を選んで下る。思い切りよく、体を落とせば、足はあとから着いてくる。大丈夫、足は絶対取れちゃったりなんかしません。笑
自分たちの軌跡が無垢な雪面にくっきり。ふり返り眺めてこれがまた良い気分。スキーのシュプールもそうだが、なるべく綺麗な軌跡を残したいと人は考える。いや僕は考える。動物達のそれと比べれば、圧倒的に無粋なのは否めないが、なるたけ美しく。なるべくね。今回なかなか良い出来じゃないでしょうか?
ブナの森を下る、いろんな雪質を試す。足の裏で感じる。ブッシュが出てるところは近づいちゃダメ。斜面変化があるところも。そこには落とし穴が待っているかも。
深い雪に足を取られて転ぶ。転べばいいのだ。雪との会話だから。足の裏が一つ一つを記憶していく。全部自分の体に染みこんで行くのだ。やがて自分の技術になる。口やかましい赤沼ガイドの今回のツアー「楽しかった!」とは全く変なお客さん達だ。
感謝。