もう首を突っ込むのはやめておこうと思ったのですが、迷走してきたようなので書いてみます。
先日、あとは医師たちが納得のいく道を選べばいいよ、ということを書いた(免責バトル)のですけれども、どうやら「お偉いさん(=各種医師会や学会等の偉い人)」たちの中でさえも色々とあるようなので、個々に自分の理解程度で意見を流し続けてもまとまりがつかないと思います。特に、「医療の苦境」みたいなことを言い出すと、果てしなく論点が広がっていくので、もっと政策決定の範囲を絞り込んで闘争もとい交渉にあたることを考える方がよろしいのではないかと思います。
やや本筋から離れますが、小倉弁護士のネット上での活動が活発化しているようですけれども、モトケン先生やNATROM氏その他医師の先生方は、「小倉弁護士の主張」する論点を撃破することに関わるのは止めておいた方が宜しいのではないかと、老婆心ながら申し上げたいと思います。小倉弁護士は自分の主張の「正しさ」だけを言いたいだけで、特に「医療訴訟問題を解決すること」とか「医療者たちの不安をどのように軽減するか」といった問題解決にはほぼ無関係です。相手をすればするほど時間の無駄、徒労に終わるだけではないかと思います。
・刑事免責を求める医師たちが存在する
はい、います。
以上。
で、終わりですね、この論点は。
小倉先生は免責とか何とかに託けて「血型チェック(クロスマッチ)をしないで、勘に頼って輸血しても免責すべし」という事例(あくまで私の理解の範囲での意訳です)を出して非難していると思いますけれども、その事例を免責すべしという主張を『誰が言ったのか』という問題があります。
「そんな極端なことは誰も言ってない」→その他大勢
「そう読める」→小倉先生
たとえこの論争に答えを出したとしても、一歩も前進が得られないのです。「そう読める」というなら、「ああそうですか、これは失礼」ということで放っておいて、医療者側が「どういう範囲を求めているのか」という具体的基準のようなものを、非医療者、法曹や行政の人間にも理解できる形できちんと出すことに精力を傾けるべきではないかと思います。なので、小倉先生の論点に相手をするだけ時間の無駄だろうと思います。
前置きが長くなってしまいました。
お節介と思いつつ、医師でもない私からの提案を書いていきます。
①刑法改正に拘泥するべきでない
まず、刑法にこだわるのはやめておいた方が宜しいのではないか、ということです。
刑法211条の法改正を目指せ、ということになれば、これはかなりハードルが高いものと思いますので、時間的な問題、実現可能性の問題、等々があると思います。国民の大多数からの理解が得られるのか、ということもあります。そもそもは、国民(患者)側にある「医療不信」のようなもの―理解不足もあると思いますけれども―、そういった不安や不満がある結果が現在なのです。そこをクリアできないまま、あたかも医療者だけを保護するかのような法改正は、あまり支持されないのではないかな、と思ったりします。いうなれば、多くの国民が「偽装ウナギなんじゃないか」という疑心を抱いているのに、ウナギは一律公定価格で全部国産と認定することにします、みたいに宣言しても、誰も納得しないんじゃないだろうか、というようなことです(例としてヘンかもしれませんけど)。
②医師法改正を優先するべき
例の討論会の話から感じたのですが、医療者たちが何を一番気にしているかというと、多分警察が介入してくること、ということです。警察事案となれば、流れ的には検察へ、そして裁判へということになります。これをどう考え、改善策を模索できるか、ということが重要です。
設置が検討されている第三者機関の委員会については「総論賛成」というのが医学界の大勢だろうと思いますが、何に引っ掛かるかというと「医師法21条」の警察への届出ということなのです。これが「警察介入を招くからダメだ」という一番のネックになっているのではないかと。なので、刑法改正なんかよりも、医師法改正を考える方がハードルは低く近道ではないかと思います。
問題の条文を見てみます。
○医師法 第二十一条
医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。
医療者たちが一番心配している部分の根本だろうと思います。
委員会に報告するのは異状死全部か、ということや、警察に異状死の全部を届出していたら結局警察介入を避けられないじゃないか、というようなことだろうと思います。
刑法211条がそのまま生きていたとしても、医師法21条の届出義務がなければ、警察介入ではなく委員会調査を優先させることは可能ではないかと思われます。前に提案したように、委員会調査の結果、どうしても刑事罰を避け難いというような事例は委員会から刑事告発は有り得るかもしれませんが、それは極めて稀というのが私の理解です。そうであるなら、刑法はこれまで通りに存在しても大きな問題とはなり得ず、警察に通告する権限が委員会に与えられるのですから、その部分に要求するべきことを盛り込めばいいだけです。
委員会業務の範囲や基準等は医療者がかなりの決定権限を持っている、ということです。つまり、「委員会の判断・決定」に影響を与えられる(現時点でのように)のは医療者自身ということなのですから、ここに注力すべきということです。委員会を作ってくれる、ということなのですから、これに賛成して、後は委員会の判断基準作成は「医療者の判断」なので、これを活用すればいいだけではないかと思えます。ここで止まることの意味が私にはあまり判りません。
警察への届出が問題だと考えるのであれば、方向性としては、
・異状死の基準を厳密に定義しなおす
・届出そのものを廃止する
などが考えられるでしょう。これについては後述します。
③死亡した場合のデータベース、届出先
医療者が一番心配しているのは、手術の結果、合併症で死亡した場合に全て異状死として届出しなければならない、みたいな風潮になってきていることです。福島の事件のようなことです。死亡原因の探求ということを考えれば、過失の有無には関係なく「データベース」がある方がよい、というのは多くが同意するでしょう。医療過誤やヒヤリ・ハット事例を集める、というのと似ています。ネット経由での定型的報告フォームがあるといいでしょう。どのような場合であっても、原則的には死亡診断書か検案書は作成されるのですから、これを基本に入力項目を設定すればいいだけでは。それとも、死亡診断書や検案書の統一フォームみたいなものにして、データベース上でも同一書式の項目入力にしておけばいいだけでは。こういう部分こそITの威力を活用するべきではないでしょうか。
届出義務を変えるとして、これまで異状死に該当するような例を届出する先を、警察ではなく、委員会&データベースとしておくこと、でいいのではないでしょうか。警察への届出は「例外的」なものとし、所謂犯罪性のあるような場合に義務化すればいいと思います。医療で考える「異状死」と、警察などが印象として持っている「異状死体」とでは大きく異なっていると思います。元々は「他殺死体」とか「不審死」とか、そういう事件性の疑われる死を対象としていたと思われ、法学的な世界での異状死の捉え方というのはそういったものであったろう、ということです。病院で手術したり救急処置中に死亡した患者について、異状死という捉え方はしていなかったであろう、ということです。この拡大してしまった範囲をもう一度定義しなおしましょう、ということを実現できれば、それでいいのではないかと思います。業務上過失致死罪の適用をなくせ、ということを求めるより、ずっと簡単ではないかと思います。
④医師法21条の改正例
再掲:
医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。
・但書を追加する場合
「但し、診療中の患者が死亡した場合には、この限りでない。」
委員会やデータベースへの届出は別な法律で設定可能でしょうから、医師法上では必ずしも義務化せずともよいかもしれません。診療中の患者以外については、異状死の定義は過去のものをおおよそ適用することになりますでしょうか。
・条文自体を変える場合
どうしても「異状死」の定義について、法律上である程度厳密に捉えないと不安が残る、ということであれば、異状死をなくせばいいと思います。つまりは、条文上では「異状」という用語を用いない、ということです。もっと平易な文を考えてみます。
「医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して犯罪又は犯罪のおそれがあると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。」
そもそも21条というのは、事件捜査の着手を妨げないというような意図であると思われ、犯罪や事件性が強く疑われるような場合には迅速に警察に知らせて下さいね、ということでしょう。確かに初動捜査は迅速性を旨とするでしょうから、医師が遅滞なく教えてくれないと警察が困るのですね。なので、医師の判断として犯罪かそのおそれがあるなら、警察に知らせましょう、ということでいいのでは。似たような条文はあります。
○会計検査院法 第33条
会計検査院は、検査の結果国の会計事務を処理する職員に職務上の犯罪があると認めたときは、その事件を検察庁に通告しなければならない。
会計検査院法で「犯罪があると認めたとき」と用いられています。仮に通告ができなかったとしても「違法性」を問われず、国会答弁では会計検査院長が「捜査機関ではないので犯罪認定ができない」とはっきり述べていましたしね(参考記事)。犯罪を正確には覚知できない、ということがあっても、届出しなかった医師にその過失を問われることは基本的にはないと思います(もし問えるのなら、検査院の通告義務違反も同じく問えるはず)。
これで「異状死の警察への届出」という医療者たちの不安は解消できるのでは。
⑤診療中の死亡をどのように取り扱うか
診療中ということを素直に解釈すれば、病院死は全部ということになってしまうので、その全てを委員会に届出せよ、というのは実際の運用上どうなんだろう、ということがあります。なので、先に書いたように、データベースに死亡診断書の定型的入力だけやるというような簡単なものじゃないと難しいように思います。委員会は主として紛争例を取扱うので、全死亡例の原因解明が第一義というわけではないと思います(それは学問的研究としてやっていけばいいのでは)。
データベースへの入力を義務化するということであれば、医療法上の規定を置いて、管理者に報告義務を課すということになるでしょうか。各個人の医師が責任を負うものではなく、あくまで院長が負うということになるかと思います。医師法上の規定となれば、個々の医師全部に法的責任が発生しますが、医療法上で管理者に義務を負わせることで勤務医の方々に法的責任が及ぶことはなくなり、医師個人の責任軽減には繋がると思います。
⑥医療界内部の問題
現状で議論百出となるのは、医療界内部での意見の不一致とか理解不足とかが原因であると思われ、行政や議員の先生方、法曹界に責任があるわけではないでしょう。端的に言えば、内部分裂、みたいなもんだ、ということ。これでは、決まるものも決まりませんよ。
元々、法医学会が「良かれと思って」、異状死が未届であるとか死因究明が不十分だとか言い出して、法解釈の範囲を拡大していったのが発端ではないでしょうか。その後に医療過誤問題や医療不信が国民の間で高まっていったことや、法曹界でも「医療への厳しい目」や様々な目的を持った訴訟提起作戦などが出てきたことなどが相まって、現在の段階まできたのだろうと思います。
異状死を厳密に定義すると、これはできなくはないのですが、日常診療の中で守らねばならない、様々な面で縛られることが多い、というようなことで、警察への届出義務がなくせるわけではないということは留意しておくべきでしょう。
非常に参考になる資料を上げておきます。
議論に参加している全医療者たちが読んで考えてみるべきではないかと思います。
届出範囲等
異状死等について―日本学術会議の見解と提言
最後に、刑法211条であろうとその他民事裁判であろうと、過失を判断する基準というのは、「そもそも医療者の中」にあるのです。刑事さんや検察官や裁判官が「過失だ」といきなり認定するわけではありません。あくまで医療者の中に「これは過失ではないか」と言う人がいるからで、それは医療界内部の意見の対立に過ぎません。そのことは心に留めておくべきではないかと思います。
また、(ミスは)止むを得なかったんだ、と思える水準というのは、どういったものであるか、という問題があります。絶対基準は存在せず、主に医療者たちの中にあるコンセンサスに近いものであるはずです。医療者が患者に対して「過失ではなかった」と言い、患者に納得してくれ、と思う基準というのも、医療者の中にあるのです。医師自身の親とか家族が医療を受けて死亡したとして、「止むを得なかった、納得している」と思える水準が、多分医師自身が「過失ではなかった」と言える水準ではないでしょうか。自分の親や家族が同じ医療行為を受け全く同じ結果となった時、医師本人が「これは過失なんじゃないのか」と納得できないのであれば、それはその他大勢の患者さんにも「納得してくれ」と求められるような水準なのではない、ということです。
先日、あとは医師たちが納得のいく道を選べばいいよ、ということを書いた(免責バトル)のですけれども、どうやら「お偉いさん(=各種医師会や学会等の偉い人)」たちの中でさえも色々とあるようなので、個々に自分の理解程度で意見を流し続けてもまとまりがつかないと思います。特に、「医療の苦境」みたいなことを言い出すと、果てしなく論点が広がっていくので、もっと政策決定の範囲を絞り込んで闘争もとい交渉にあたることを考える方がよろしいのではないかと思います。
やや本筋から離れますが、小倉弁護士のネット上での活動が活発化しているようですけれども、モトケン先生やNATROM氏その他医師の先生方は、「小倉弁護士の主張」する論点を撃破することに関わるのは止めておいた方が宜しいのではないかと、老婆心ながら申し上げたいと思います。小倉弁護士は自分の主張の「正しさ」だけを言いたいだけで、特に「医療訴訟問題を解決すること」とか「医療者たちの不安をどのように軽減するか」といった問題解決にはほぼ無関係です。相手をすればするほど時間の無駄、徒労に終わるだけではないかと思います。
・刑事免責を求める医師たちが存在する
はい、います。
以上。
で、終わりですね、この論点は。
小倉先生は免責とか何とかに託けて「血型チェック(クロスマッチ)をしないで、勘に頼って輸血しても免責すべし」という事例(あくまで私の理解の範囲での意訳です)を出して非難していると思いますけれども、その事例を免責すべしという主張を『誰が言ったのか』という問題があります。
「そんな極端なことは誰も言ってない」→その他大勢
「そう読める」→小倉先生
たとえこの論争に答えを出したとしても、一歩も前進が得られないのです。「そう読める」というなら、「ああそうですか、これは失礼」ということで放っておいて、医療者側が「どういう範囲を求めているのか」という具体的基準のようなものを、非医療者、法曹や行政の人間にも理解できる形できちんと出すことに精力を傾けるべきではないかと思います。なので、小倉先生の論点に相手をするだけ時間の無駄だろうと思います。
前置きが長くなってしまいました。
お節介と思いつつ、医師でもない私からの提案を書いていきます。
①刑法改正に拘泥するべきでない
まず、刑法にこだわるのはやめておいた方が宜しいのではないか、ということです。
刑法211条の法改正を目指せ、ということになれば、これはかなりハードルが高いものと思いますので、時間的な問題、実現可能性の問題、等々があると思います。国民の大多数からの理解が得られるのか、ということもあります。そもそもは、国民(患者)側にある「医療不信」のようなもの―理解不足もあると思いますけれども―、そういった不安や不満がある結果が現在なのです。そこをクリアできないまま、あたかも医療者だけを保護するかのような法改正は、あまり支持されないのではないかな、と思ったりします。いうなれば、多くの国民が「偽装ウナギなんじゃないか」という疑心を抱いているのに、ウナギは一律公定価格で全部国産と認定することにします、みたいに宣言しても、誰も納得しないんじゃないだろうか、というようなことです(例としてヘンかもしれませんけど)。
②医師法改正を優先するべき
例の討論会の話から感じたのですが、医療者たちが何を一番気にしているかというと、多分警察が介入してくること、ということです。警察事案となれば、流れ的には検察へ、そして裁判へということになります。これをどう考え、改善策を模索できるか、ということが重要です。
設置が検討されている第三者機関の委員会については「総論賛成」というのが医学界の大勢だろうと思いますが、何に引っ掛かるかというと「医師法21条」の警察への届出ということなのです。これが「警察介入を招くからダメだ」という一番のネックになっているのではないかと。なので、刑法改正なんかよりも、医師法改正を考える方がハードルは低く近道ではないかと思います。
問題の条文を見てみます。
○医師法 第二十一条
医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。
医療者たちが一番心配している部分の根本だろうと思います。
委員会に報告するのは異状死全部か、ということや、警察に異状死の全部を届出していたら結局警察介入を避けられないじゃないか、というようなことだろうと思います。
刑法211条がそのまま生きていたとしても、医師法21条の届出義務がなければ、警察介入ではなく委員会調査を優先させることは可能ではないかと思われます。前に提案したように、委員会調査の結果、どうしても刑事罰を避け難いというような事例は委員会から刑事告発は有り得るかもしれませんが、それは極めて稀というのが私の理解です。そうであるなら、刑法はこれまで通りに存在しても大きな問題とはなり得ず、警察に通告する権限が委員会に与えられるのですから、その部分に要求するべきことを盛り込めばいいだけです。
委員会業務の範囲や基準等は医療者がかなりの決定権限を持っている、ということです。つまり、「委員会の判断・決定」に影響を与えられる(現時点でのように)のは医療者自身ということなのですから、ここに注力すべきということです。委員会を作ってくれる、ということなのですから、これに賛成して、後は委員会の判断基準作成は「医療者の判断」なので、これを活用すればいいだけではないかと思えます。ここで止まることの意味が私にはあまり判りません。
警察への届出が問題だと考えるのであれば、方向性としては、
・異状死の基準を厳密に定義しなおす
・届出そのものを廃止する
などが考えられるでしょう。これについては後述します。
③死亡した場合のデータベース、届出先
医療者が一番心配しているのは、手術の結果、合併症で死亡した場合に全て異状死として届出しなければならない、みたいな風潮になってきていることです。福島の事件のようなことです。死亡原因の探求ということを考えれば、過失の有無には関係なく「データベース」がある方がよい、というのは多くが同意するでしょう。医療過誤やヒヤリ・ハット事例を集める、というのと似ています。ネット経由での定型的報告フォームがあるといいでしょう。どのような場合であっても、原則的には死亡診断書か検案書は作成されるのですから、これを基本に入力項目を設定すればいいだけでは。それとも、死亡診断書や検案書の統一フォームみたいなものにして、データベース上でも同一書式の項目入力にしておけばいいだけでは。こういう部分こそITの威力を活用するべきではないでしょうか。
届出義務を変えるとして、これまで異状死に該当するような例を届出する先を、警察ではなく、委員会&データベースとしておくこと、でいいのではないでしょうか。警察への届出は「例外的」なものとし、所謂犯罪性のあるような場合に義務化すればいいと思います。医療で考える「異状死」と、警察などが印象として持っている「異状死体」とでは大きく異なっていると思います。元々は「他殺死体」とか「不審死」とか、そういう事件性の疑われる死を対象としていたと思われ、法学的な世界での異状死の捉え方というのはそういったものであったろう、ということです。病院で手術したり救急処置中に死亡した患者について、異状死という捉え方はしていなかったであろう、ということです。この拡大してしまった範囲をもう一度定義しなおしましょう、ということを実現できれば、それでいいのではないかと思います。業務上過失致死罪の適用をなくせ、ということを求めるより、ずっと簡単ではないかと思います。
④医師法21条の改正例
再掲:
医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。
・但書を追加する場合
「但し、診療中の患者が死亡した場合には、この限りでない。」
委員会やデータベースへの届出は別な法律で設定可能でしょうから、医師法上では必ずしも義務化せずともよいかもしれません。診療中の患者以外については、異状死の定義は過去のものをおおよそ適用することになりますでしょうか。
・条文自体を変える場合
どうしても「異状死」の定義について、法律上である程度厳密に捉えないと不安が残る、ということであれば、異状死をなくせばいいと思います。つまりは、条文上では「異状」という用語を用いない、ということです。もっと平易な文を考えてみます。
「医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して犯罪又は犯罪のおそれがあると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。」
そもそも21条というのは、事件捜査の着手を妨げないというような意図であると思われ、犯罪や事件性が強く疑われるような場合には迅速に警察に知らせて下さいね、ということでしょう。確かに初動捜査は迅速性を旨とするでしょうから、医師が遅滞なく教えてくれないと警察が困るのですね。なので、医師の判断として犯罪かそのおそれがあるなら、警察に知らせましょう、ということでいいのでは。似たような条文はあります。
○会計検査院法 第33条
会計検査院は、検査の結果国の会計事務を処理する職員に職務上の犯罪があると認めたときは、その事件を検察庁に通告しなければならない。
会計検査院法で「犯罪があると認めたとき」と用いられています。仮に通告ができなかったとしても「違法性」を問われず、国会答弁では会計検査院長が「捜査機関ではないので犯罪認定ができない」とはっきり述べていましたしね(参考記事)。犯罪を正確には覚知できない、ということがあっても、届出しなかった医師にその過失を問われることは基本的にはないと思います(もし問えるのなら、検査院の通告義務違反も同じく問えるはず)。
これで「異状死の警察への届出」という医療者たちの不安は解消できるのでは。
⑤診療中の死亡をどのように取り扱うか
診療中ということを素直に解釈すれば、病院死は全部ということになってしまうので、その全てを委員会に届出せよ、というのは実際の運用上どうなんだろう、ということがあります。なので、先に書いたように、データベースに死亡診断書の定型的入力だけやるというような簡単なものじゃないと難しいように思います。委員会は主として紛争例を取扱うので、全死亡例の原因解明が第一義というわけではないと思います(それは学問的研究としてやっていけばいいのでは)。
データベースへの入力を義務化するということであれば、医療法上の規定を置いて、管理者に報告義務を課すということになるでしょうか。各個人の医師が責任を負うものではなく、あくまで院長が負うということになるかと思います。医師法上の規定となれば、個々の医師全部に法的責任が発生しますが、医療法上で管理者に義務を負わせることで勤務医の方々に法的責任が及ぶことはなくなり、医師個人の責任軽減には繋がると思います。
⑥医療界内部の問題
現状で議論百出となるのは、医療界内部での意見の不一致とか理解不足とかが原因であると思われ、行政や議員の先生方、法曹界に責任があるわけではないでしょう。端的に言えば、内部分裂、みたいなもんだ、ということ。これでは、決まるものも決まりませんよ。
元々、法医学会が「良かれと思って」、異状死が未届であるとか死因究明が不十分だとか言い出して、法解釈の範囲を拡大していったのが発端ではないでしょうか。その後に医療過誤問題や医療不信が国民の間で高まっていったことや、法曹界でも「医療への厳しい目」や様々な目的を持った訴訟提起作戦などが出てきたことなどが相まって、現在の段階まできたのだろうと思います。
異状死を厳密に定義すると、これはできなくはないのですが、日常診療の中で守らねばならない、様々な面で縛られることが多い、というようなことで、警察への届出義務がなくせるわけではないということは留意しておくべきでしょう。
非常に参考になる資料を上げておきます。
議論に参加している全医療者たちが読んで考えてみるべきではないかと思います。
届出範囲等
異状死等について―日本学術会議の見解と提言
最後に、刑法211条であろうとその他民事裁判であろうと、過失を判断する基準というのは、「そもそも医療者の中」にあるのです。刑事さんや検察官や裁判官が「過失だ」といきなり認定するわけではありません。あくまで医療者の中に「これは過失ではないか」と言う人がいるからで、それは医療界内部の意見の対立に過ぎません。そのことは心に留めておくべきではないかと思います。
また、(ミスは)止むを得なかったんだ、と思える水準というのは、どういったものであるか、という問題があります。絶対基準は存在せず、主に医療者たちの中にあるコンセンサスに近いものであるはずです。医療者が患者に対して「過失ではなかった」と言い、患者に納得してくれ、と思う基準というのも、医療者の中にあるのです。医師自身の親とか家族が医療を受けて死亡したとして、「止むを得なかった、納得している」と思える水準が、多分医師自身が「過失ではなかった」と言える水準ではないでしょうか。自分の親や家族が同じ医療行為を受け全く同じ結果となった時、医師本人が「これは過失なんじゃないのか」と納得できないのであれば、それはその他大勢の患者さんにも「納得してくれ」と求められるような水準なのではない、ということです。