西尾治子 のブログ Blog Haruko Nishio:ジョルジュ・サンド George Sand

日本G・サンド研究会・仏文学/女性文学/ジェンダー研究
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桐野夏生とレイラ・スリナム対談

2018年12月24日 | 手帳・覚え書き
<友への便り>

>この前の日仏の日本との交流に関する研究会(寺本さんも発表)に娘と息子が聞きに行きました。その最後の挨拶をする仏大使が突然席を外して帰ったので、不思議に思っていたら、翌日、東京拘置所に行ったことを知ったというわけでした。

 あ、日仏会館はそういうことだったのですね。寺本先生のご発表、拝聴させていただくつもりにしていたのですが、どこで勘違いしてしまったのか、、、すみません。非常に残念でした。

 ところで、あれから、立教大のcélébrité に関するシンポジウム(社会学&仏文学)のバルザックとサンドに関する発表を拝聴したあと、飯田橋のアンスチチュ・フランセ東京ヘ移動。桐野夏生とレイラ・スリナム対談に参加しました。セシル・坂井(日仏会館・フランス国立日本研究所)所長の見事な司会により、文学の将来に悲観的な桐野と逆にペシミストのスリナムが対照的に炙り出され、なかなか興味深いものがありました。

 桐野夏生は、ジェンダーの視点から日本のシングルマザーの極貧状況、若者たちの非結婚現象や彼らの不安定な収入による不安な人生、何よりも少子化という大問題が解決されていない日本社会の現状を厳しく批判。自分はこうした文化的余裕に欠ける現状と文脈から、文学の未来を楽観視できないペシミストであると自己分析。一方、スリナムは、ITが発達したからといって文学が衰退することにはならない。多くの人がツイッターやフェイスブックで自己表現している。彼らは書きたがっているし、読みたがっている。人は書き、読むのだ。文学の未来は明るい、だから、自分はオプチミストであると。二人の共通点はといえば、書くことへの恐怖。二人ともかなり激しい場面を描写しているため、自分は変な人間にみられているのではないかという恐怖が常にあると。

 会場で偶然出会った友人ご夫妻(ご主人は東大などで仏文学、仏語の非常勤をするフランス語圏文学の専門家。奥様は日本人)とお会いし、かれらプラス友人の「かつての学生さん」と四人で神楽坂の居酒屋さんで乾杯(Atypique は、連休のせいか閉店中で残念でした)。この「かつての学生さん」が隅におけない方で、スリナムの著書Chanson douce の原著と翻訳本の『ヌヌ』を綿密に比較読解し、講演会の質問タイムに非常に有益な質問をされたのです。しかも、日本のune grosse poupée (大きな人形)が「こけし」と訳されているが間違いではないかという、それとない暗示までおこないつつ!

 居酒屋さんでは、この「こけし」が話題となり、フランス語の大議論となりました。問題のシーンは、ヌヌ(白人のベビーシッターのルイーズ)を雇っている側が移民の家系でフランスで成功した若い弁護士夫妻、いわゆるSocialiste caviar と呼ばれるブルジョワで、そのマッセ夫妻(ポールとミリアム夫妻)が日本の置物を室内に飾っている箇所です(フランスではマッセ夫妻のように社会で成功したお金持ちは、自分たちがリッチ階層であることを示すため日本の事物を飾るのが流行している)。ここでは、浮世絵、包丁、それに「こけしkokeshi」の3点が挙げられています。もちろん木製の「こけし」にも高価なものがあるとはいえ、「こけし」はgrosse tête 頭は大きいけれどgrosse poupée 大きな人形と云えるだろうか、ここは「こけし」ではなくて着物を着ている「日本人形」でなければ、移民夫妻の階層が富裕であることを示したい著者の意図が伝わらないのではないかという結論に達し、この小さなerreur ミスを見つけた「かつての教え子さん」を祝して再び乾杯!となったのでした。

 さらに、ヌヌが子供たちを公園につれていくシーンや日常の細々とした描写は単調極まりなく退屈であまり評価できない、なぜゴンクール賞を受賞したのか、ゴンクール賞の特徴は?といった点も話題になりましたが、私には、この小説がカミュとドストエフスキーの小説の女性版であること、つまり、著者の巧みな戦略がゴンクール賞の審査員に訴えるものがあったのではないかと思われたのでした。たとえば、最初のページの最初のフレーズ「Le bébé est mort」は『異邦人』の「Maman est morte」を思い起こさせるし、ヌヌが子供たちを殺す、血が壁に飛び散るひどくリアルな場面は、ラスコーリニコフが斧の背で金貸し老婆を殺害する『罪と罰」の憤怒のシーンと悉くオーバーラップしていると思われたからでした。この小説はまた、白人のフランス人が移民系の成功者に復讐するという点で、パリ同時多発テロ事件の背景を理解する上で貴重な視点を提供する作品とされるミッシェル・ウエルベックの『服従』を射程に入れているとも云えるかもしれません。
 
 というわけで、またもや長いお便りとなってしまいまして、恐縮至極です。
 どうぞ次の旅のご準備も抜かりなく、南欧は暖かくて冬の旅にはもってこいですね。お原稿も進展しますように。
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