50年前に出会った少年と少女。
二人が別れてから、
40年もの歳月が経っていました。
少年の魂は半身をそがれた喪失感を抱えたまま、
さまよい続けました。
大人になり、
何人かの女性と近しくなりましたが、
喪失感は満たされませんでした。
縁あって、ある女性と夫婦になり、
子どもをもうけ、
幸せな日々を与えられました。
それでも欠落した体の痛みが時々うずきました。
気がつくと、初老の男になっていました。
「この癒えることのない痛みは何なんだろう?」
少女に会いたい、
彼女に会わなければ・・・
ほとんど切れかかっていた赤い糸を懸命にたぐり寄せ、
少女を探し出し、
とうとう再会を果たしました。
少女も初老の女性になっていました。
彼女も家庭を持ち、
子どもをもうけ、
幸せに暮らしていました。
そして二人とも、
命にかかわる大病を経験し、
満身創痍の体になっていました。
二人は並んで歩いた青春の日々を懐かしみました。
話し出すと、フッと昔の空気感に戻りました。
ふだん無口の彼から言葉があふれ、
そして彼女の話をウンウンうなづいて聞きました。
彼は彼女と話をしていると、
自分が素直になるのがわかり、
心が落ち着きました。
ふたりはタイムスリップして、
少年と少女に戻ったかのよう。
彼は、
「ずっと一緒にいたかったのに・・・
なぜ突然いなくなってしまったの?」
と問いました。
彼女の目から涙があふれてきました。
「私も一緒にいたかった・・・
けど、あなたの輝く未来には、
いずれふさわしい女性が現れるはず」
「あなたに幸せになって欲しかったから、
私がいない方がいいと思った」
・・・なんということでしょう。
初老の男は愕然としました。
昔、彼が指さしたゴールが彼女にとっては遠すぎて、
それに耐えきれず消えた、
と思い込んでいたのでした。
彼は自分のことしか考えていなかったことを恥じました。
自分の幸せを願って消えた彼女の愛に、
涙があふれて止まりませんでした。
うれしくて、悲しくて・・・
ああ、なぜこんなに魂を揺さぶられるんだ。
彼女は大病を患った時のことを話してくれました。
2週間意識が戻らず、
意識が戻った後も言葉が出ず、
記憶も失われて・・・
家族の名前もおぼつかない状況の中、
「でもね、あなたの名前は忘れないで覚えてた」
「文字も書けなくなったのに、
あなたの名前だけ書けたんだよ」
と打ち明けてくれました。
この時、二人が別れてからすでに30年の月日が経っていました。
「私の中にはいつもあなたがいるの」
「だから会えなくても大丈夫だった」
と彼女は言いました。
別の人生を歩んでいたにも関わらず、
少年の心には少女が、
少女の心には少年が、
40年もの間、ずっと存在し続けてきたのでした。
この世の中に、
これ以上の幸せがあるでしょうか。
彼がそのことを知り得た瞬間、
ずっと抱えてきた欠落感・喪失感が消え失せ、
体の疼きがすうっと消えたのでした。
彼は少年時代に彼女からもらった、
初めての手紙を思い出していました。
そこには、
「あなたが好きです。
この気持ちは一生変わりません。」
とだけ、書いてありました。
少年14歳、少女14歳の秋のことでした。