かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

渡辺松男の一首鑑賞 162

2021-02-15 17:31:20 | 短歌の鑑賞
  ブログ版 渡辺松男研究 21 2014年10月 
  【音符】『寒気氾濫』(1997年)70頁~
   参加者:石井彩子、泉真帆、鈴木良明、曽我亮子、N・F、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:鈴木 良明 司会と記録:鹿取 未放


162 月読に途方もなき距離照らされて確かめにいくガスの元栓

         (レポート)
 夜も更けて寝ようとして、安全のため、ガスの元栓が閉まっているかどうか、確かめに行ったのだろう。神々しい月が照るなかでガスの元栓までの距離が途方もなく長く感じられたのだ。それは活動的な昼間とは異なる、寝静まった夜の時間感覚によるところが大きいのだろうが、煌々と照る月の光が一層その距離を遠いものにしている。(鈴木)


       (意見)
★どの建物のガスの元栓かは言われていない。そこが面白い。帰宅途中に勤務先に戻っていくのか
 もしれない。「途方もなき距離」に気持ちが表されている。(真帆)
★月読というロマンチックなものとガスの元栓というリアルなものを並べて、非常にインパクトの
 強い歌。月から派生したルナティックという語があるが、これは狂人という意味もある。月の明
 かりは昼間閉じこめていた情念を呼び出す。だからガスの元栓との結びつきはとても考えられた
 ものだと思います。(石井)
★なるほどね、そういう二物を持ってくるのは前川佐美雄なんかがやりましたよね。ところで、  「途方もなき距離」は〈われ〉とガスの元栓までの距離ではなく、月から〈われ〉への距離で、 
遠方から来た月の光に照らされながら、ガスの元栓を確かめに行く、と読んでいたのですが。だ
 から戸外のイメージですが。鈴木さんのように言われてみると家の中だって煌々と射す月光って
 確かにありますね。(鹿取)
★寝静まった夜の感覚がうまくうたわれているのかな。遠い月光から近い元栓に引き戻していくと
 ころが渡辺さんの特徴かなと思います。(N・F)
★月読は天照大神の弟だから煌々と照らす力があるんだと思います。(曽我)
★「照らされて」の「て」は、照らされて、「そして」行くのか、照らされ「つつ」いくのか、ど
 っちなのでしょう?(真帆)
★「つつ」の意味だと思っていましたが、皆さんはどう思われます?(鹿取)
★私は勤務先まで戻る状況というのは考えていなかったので、照らされる中を、と読んでいまし
 が。(鈴木)
★私も鈴木さんと同じで、距離もレポートのように思っていたのですが、鹿取さんの発言聞いたら
 月からの距離かなと。(真帆)
★両方にとっていいんじゃないですか。月からの距離も、ガス栓までの距離も遠い。(鈴木)
★私も両方でいいかなと。ガス栓までは何か心理的に遠いんですよね。(鹿取)

※後日、田村広志さんから「途方もない距離は心の距離で、何かに、たぶん人の、思う人に届か
 ない、そんな感じ。だからガスの元栓も比喩。」というご意見をいただいた。


         (後日意見)
 先月鑑賞した156番歌に「抽出しのなかに隠れているわれを大声で呼ぶ満月ありき」があった。
月の力強い力、そして今回のは月の神秘性。
 また、煌々と照る月の光といえば李白に有名な「静夜思」があるのを思い出した。
   牀前 月光を看る  疑うらくは是 地上の霜かと
   頭を挙げて 山月を望み  頭を低れて 故鄕を思う
 今回の歌は李白と違って、石井さんの発言のようにリアルなガスの元栓に結びついているところが現代的で哲学的だ。(鹿取)

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