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心から楽しまないとねえ。

今井町だけど古い町 4

2016年01月05日 20時43分26秒 | ウォーキング

これが、一番西側にある今西家。



虫籠窓の周りの模様が特徴的ですね。

doironが住んでいるあたりを見てみると、
昔からこの地域に住んでいる人達の
本家というのはすべて一番東にあります。
東に本家があって
そこから家々が広がってきたんですね。

そう考えると、こういう今井町のような
寺内町にはそういうルールは
当てはまらないんでしょうかねえ。

こういう古い街並みを下っていきます。



屋根の上には、
あちこちに煙り出しがあり、
虫籠窓のある軒には、
梁の上に立てて棟木を受ける
小さい柱のうだつが立っている。

それと、よく目立っていたのが
屋根の上や家の塀の上にある
鍾馗さんが目立ったなあ。







富田林の今井町でも目立っていたな。

こういう鬼瓦の多い家が続くと、
こういう風習もにぎやかになるんでしょうかねえ。

道を歩いていると、
どこもよく似た風情の道が続く。

中には「車通り抜けできない」とか
こんな看板があったりする。



で、ここまで町の様子を見てきて、
なにか変わったことに気づきませんか。

ほかの地域とちょっと変わった景色です。

それは・・・

電柱がないことでした。

工事が行われ、地域の電線は
ほとんどが地中に入っています。
まあ、これはさりげなく金のかかる整備ですねえ。

道はどの道も、きれいに舗装がされ、
ごみもあまり落ちていません。
だからどこをどうとっても、
道の景色はよく似た景色になりますねえ。

で、その先にあったのが「蓮妙寺」。



とりわけ境内の中には「歯の守護神」として、
「慶巳大善神」がおられます。



地図を見てみますと、
かなり東のほうまでやってきました。
もうだいたい、この浄土宗の西光寺は



ほぼ最終の見ごろでしょうか。

ま、だいたいこれで今井町の
肝腎なところはほぼ回り終わったでしょうか。

富田林に比べて、
規模的には小さいものがあっても、
道路はきれいに残されているし、
住んでいる人たちの温かい気持ちが
見え隠れした町でした。

とまあ、今井町をくるりくるりとまわって、
駅に出たら歩行終了なんですが、



本日の待ち合わせ場所である駅から
ここまで電車ではすぐであったので、
時間を見ながら歩いていくことにしました。

橿原市と言いますと、
今日歩いた今井町に加えて
もう一つ古い町として、
「八木町」があります。

都から大陸への玄関港である
難波の津を結んでいた「横大路」、
大和から和歌山市に至る道として
「下つ道」が交差する町
として古くから町となっていました。

それらの道は、江戸時代になると
「高野街道」と「中街道」と言われるようになり、
将来その交差点である
「八木札ノ辻」は
「お伊勢参り」や「大峰詣り」
の人たちも集まり、にぎわっていたそうです。

ここはまた、じっくりと歩いてみたい地域なんですがね。

今井町から八木へ向かう道には
その横大路(=伊勢街道)を横切ります。

その横切ったところにあるのが、
この灯篭。
大神宮灯篭です。



ここから北に約200mくらいの
ところにあったものが、
ここに移築されたそうです。

こういうものは昔から
古い道案内として
たいへん心強いものであったのでしょう。
大峰講のたくさんあった富田林の人たちも、
多くがこういう灯篭を目指して
やってきたんでしょうねえ。

これが今日のコース



ということで、八木の駅前につきました。



クリスマスに合わせたかのような
夜景もあるようですし、



将来この近くに観光目的の拠点の一つとして
温泉ができるんだそうです。

これはまあ、ひとつ楽しみが増えそうです。

クリスマス前の大混雑機関に
予約をしてあった飲み屋さんで、
いろんな話をして、
無事にこの飲み会も終わり、
帰路に就いたdoiron。

さあ、次の飲み会にはどこを歩いていきますかね~。


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