緩和ケア医の日々所感

日常の中でがんや疾病を生きることを考えていきたいなあと思っています

3週間が過ぎて

2011年04月02日 | 社会時事

私は、とても泣き虫です。

患者さんと話をしていて、
私の尺度の世界から出て、
患者さんの心を感じようとノックしながら入っていきます。

その気持ちに近づくと、患者さんと何処か共鳴するのか、
共に、よく泣いてしまいます。

そんな私ですが、
今回の震災から3週間たって、
やっと、自然な涙になってきたと感じました。




反応性抑うつ状態という病態名があります。

強いショックを受けて、
心は沈み、約2週間程度・・・・・
揺れ動きながらも取り組む力を取り戻していきます。

次のジャンプに向けて
この約2週間のしずむ期間はとても大切だと言います。

ジャンプには、
膝を曲げて体をしずめなければ
飛びあがれませんから。





日本全体が、強弱には差がありながらも、
ショックを受け、揺さぶられた3月でした。

急性期の支援体制から
今度は、慢性化に対応する支援体制に移行していきます。

がんばろう!・・が、ちょっと辛くなっていく人も出てくることでしょう。

行政の方やお世話をする側だった方々に疲弊の色が出始めると思います。

また、沈んでいた気持ちにエネルギーが出てきて、
今度は、怒りになってくることもあります。

気がかりなこととしては、沈みきった時には少なかった自殺が
エネルギーの回復時期に増えてくることです。






東電に、色々な声はありますが、
現場の人々は、精一杯がんばってくれています。
感情的に非難をするのではなく、
建設的な意見をし、
よりよく進むために力を合わせなければいけません。

私達は、現在と未来を、
東電に預けている割合がとても大きいことを
認識し、協力者でありたいと思います。

苦情や脅迫、嫌がらせが目立ち始めたといいます。
やり場のない気持ちの
ぶつけ先にしてしまってはいけないのです。



怒り、やり場のない気持ち、2,3週間を超えた沈んだ気持ちなどには
ストレスケアとして心のケアが大切なのです。

報道の在り方に、心は揺さぶられます。
どうか、こうした心の経時的な変化の特徴を
マスコミの方も意識しながら
伝え方を吟味して頂けるとありがたいと思います。




私は・・
いつか、必要とされるときに備えて、
私自身の心をまずはしっかり見つめ整えて、
支えとして役立てられるようにしていきたいと思います。


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10 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
hanaさん (aruga )
2011-04-21 20:39:51
最近、心に留まっている言葉です。

meaning of illness

病気を抱えながら生きるとき、それぞれの人が持つその病気の意味とは何か。

頂いたコメントを読みながら、私の中でこだまする言葉です。
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Unknown (hana)
2011-04-20 22:46:27
遅い反応ですみません。メールのお返事大変ありがとうございました。お礼を申し上げたく。原発事故の思いがけない事態の中、日本が抱える問題にどう対応するのが妥当か、まだよくわかりません。困ったときにはaruga先生のサイトを見て元気を得ています。ずっと元気をいただいており、本当にありがとうございます。昨年40歳代の妹を昨年癌で亡くしました。この点についてはコメントのしようもないのですが、妹はまことに立派な生を生きたと思います。私も癌関連疾がありますが、もう子どもも大きくなったので結果を受け入れる覚悟はこれまでよりも出来ているかと思います。研究者として妥当な成果を挙げたいと思いつつ、日々の活動をしております。
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hanaさん (aruga)
2011-04-18 23:49:42
こんにちは!
更に支えてくださるコメントありがとうございます。とても、励まされます!
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Unknown (hana)
2011-04-17 11:22:24
aruga先生、ちょっと間があいたので遅い反応です。aruga先生のブログは、辛くなったときに読んで、清涼な風を感じ、こうやってしっかりと自分の地歩を持ち、踏みしめて立っている方がいることに励まされる、私のひそかな元気の源です。今回もやはりそうでした。まずは自分の仕事を精一杯やるのが、今の私にできることなのかな、と思います。

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くまごろうさん (aruga)
2011-04-10 10:09:49
コメントありがとうございます。
あの日は、それぞれのドラマがありましたね。
何気なく過ごしてきたことがこんなにも複雑な感情や出来事になるのかと、改めて振り返る作業も大切なプロセスだなあと思います。
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消えたスイッチ (くまごろう)
2011-04-04 01:12:27
いつもと同じひと月だったのに、本当に長い3月でした。
あの東京消防庁ハイパーレスキュー隊の隊長が涙を流す姿を見て、原発は大変なんだなと思いました。
男の人の涙ですから。

最近、「地震の時、何してましたか?」が挨拶代わりになって、よく聞かれます。
私は地震の時、大学の図書館にいました。

論文がなかなか出来なくて、「今日はやろう!」と思って、いっぱい文献を持って、私の図書館の定位置とも言える好きな場所で、数行書き出したところでした。

製本でいっぱいの書庫の中で、「私、死ぬのかな」と一瞬思ったものの、なぜあの時逃げたのかが、今でもわからないでいます。
図書館は、私が逃げた後、書庫が全て倒れて全壊しました。地震がおさまって荷物を取りにもどった所、その惨状にショックを受けました。

「なぜあの時図書館にいたのか」そう責めた先生もいました。そう言われると、「いちゃいけなかったのか」と反抗もしました。
これも、災害ストレスとか、○○ストレスというものなのかも知れません。

先週、図書館復旧のためのお手伝いをして、置いてきてしまった荷物を片付けたら、また涙でした。
でも、その時、今お世話になっている先生に、「申し訳ありませんでした」と言わせなくてよかったなあと思いました。上司に頭を下げさせること、本当になくてよかったと思います。

人の心は、どこまでがストレスで、どこからが病気なのか、と思うことがあります。「仕事をやめようか」と思ったり、疲れているからかなあと思いもしますが、地震のあの日からOffになってしまったものを、どういう形でONにしていったらいいのか、ずっと考えていた週末でした。

これも心の弱さなのかなあ・・・



返信する
コメントありがとうございます (aruga)
2011-04-04 01:04:15
えびさん
ありがとうございます。
読み進めさせて頂くと、とても、頭の整理がつきます。同じ感覚でいてくださることに、励まされました。マスコミの方々も、次第に力が拡散するような内容になってしまうこともあるのでしょうね。

レンコンさん
岩手でいらっしゃるのですね。
本当に、よくこの3週間頑張られました。ご苦労はお察しするに余りあります。そして、皆様の頑張りに、逆に支えられているような感覚さえ覚えます。
皆様の支えになれるように、力が纏まるように、丁寧に取り組んでいきたいと思います。
私の家族も、近いうちに岩手に入ることになりました。

若紫さん
こんにちは。
阪神の震災を経験されたのですね。思い起こされることもあるのではないかと思いを馳せています。ともに、頑張る仲間がいることに、心は暖かに響きます。
ぜひ、共に!
返信する
長期戦ですね・・・。 (若紫)
2011-04-03 22:39:12
私は阪神淡路大震災の際、被災地で勤務していましたので、地震発生直後から被災地の中心部で医療活動をしていました。
もちろん、自分も被災していましたが、同僚たちも皆、同じ条件でした。
当時の経験を活かして、今回の被災地の方々のためにお役に立ちたいのに、現在の職場の問題など、様々な障害があり、結局、まだ何も出来ていません。

今回は自分は実際に被災していないのに、毎日、報道を見て、胸を痛め、涙を流しているうちに、次第に自分の心も健康ではなくなって来てしまいそうだと感じています。

先生がおっしゃるように、自分の役割を果たすチャンスがやってきた時に、いつでも元気に動けるように、今は心も身体も良い状態に整えておくことが大切だ、と、本当に、日々、自分に言い聞かせていたところでした。

先生のお言葉を読んで、なんだか少しほっとしました。
本当に、みんな、そう思っていますよね・・・。
報道に関する気持ちも、同じ思いです。

人間というのは、他人の心を感じとり、思い遣ることが出来る生き物なのだ、と、このところ実感しています。
そのために辛い思いをしている人が、いま全国にたくさんおられると思います。
被災された方々はもちろん、そうでない地域で心を痛めておられる人の支えにもならなくては、と思っています。

いま自分に何が出来るのか・・・。
どうしても焦ってしまいますが、長期戦ですよね。
先生、共に頑張らせて下さい。
返信する
本当に大変でした (レンコン)
2011-04-03 22:12:41
私も、岩手にいて、内陸に住んでいるので直接津波の被害はありませんでしたが、看護師ですし、震災当日勤務中だったので、本当に今まで、たいへんでした。被災している人はもちろんですが、少なからずその影響を受けている人は多いわけで、原発の事も含めて、ほとんどの東日本の人たちは通常の生活はできていないのが、現状です。
ガソリンがない状態で、勤務のために通勤しなくてはならず、12時間以上も並んでガソリンを入れたりがつい最近まで続いていました。そのガソリンを待つ行列で、亡くなった人もいるんですよ!!全く、異常でした。
今でも、お店には品物がありません。
でも、あるもので、生きていけるので、決してあわてません。
毎日のように、CMでやっているように、今、この状態で生きて行けるのだから、買占めとかしないように、心を冷静にして、いつか終息に向かうその日まで落ち着いて行動したいものです。
返信する
長期的支援 (えび)
2011-04-03 09:13:05
先生が書かれていらっしゃるように
被災されて避難生活を送られている方は無論、
現地で直接支援・ケアに当たられている方、
その応援に入っている方にも
精神的な疲労が大きくなっている様子が
伺えます

毎日TV報道を見守っていた側にも
衝撃の大きさと 何かしなくちゃという気持ちと
色々な感情が相まって
プラス 計画停電などもあり
やっぱり何とも言えない疲れがあるように思います

東電社員やその家族に嫌がらせや
脅迫めいた書き込みな、という話を聞くと
悲しくなりますね。
天災だと誰にも怒りをぶつけられない、
その怒りの矛先がすべて東電に向かってしまうのは、
自分も被災者だけれど社員だからと小さくなっている方々をさらに追い詰めてしまう。

もちろん東電のトップの対応には、
もう少し早い段階で…というのも
ありますけれど。

報道の力は本当に大きい。
だけど受け手の捉え方は一辺倒ではない。
伝え方次第では負のエネルギーを大きくしかねない。

知人の家族がメディア関係だったらしく、
映像報道についてのわたしのつぶやきが
気に障ったようで色々言われましたがが、
受け手にどういう影響があるのか
また 取材された側にどういうことがあるのか
「取材・報道ありき」で追いやられてしまわないように
お願いしたいと 改めて思うところです

何かしらできることはある、
その時のために
体力・気力を上げていこう、自分! 


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