緩和ケア医の日々所感

日常の中でがんや疾病を生きることを考えていきたいなあと思っています

ESRD(末期腎不全)と終末期の違い。withhold, withdraw, stopの違いって、知っていますか?

2019年03月10日 | 社会時事

私は、医学部5年生のころ、
卒後の進路について
死の周辺領域に携わりたいと思い、
緩和ケア、移植外科、救急外科を
考えていました。
その当時、緩和ケアを学べる病院はなく
救急は体力的に不安だったので、
移植、それも、当時は腎移植がメインだったので、
腎臓外科という領域で、
腎移植、透析、シャント造設などを
学んでいました。

そのようなこともあり、
私が、緩和ケアに進路を変えたのは、
腎移植、末期腎不全に
緩和ケアの必要性を感じた
30年前のことでした。

ですから、がんからではなく、
腎不全から、
緩和ケアに進んだ
ちょっと変わった動機でした。




この3月にはいり、
このようなタイトルの
ニュースが並びます。


治療中止の透析患者20人が死亡 厚労省関係者「底知れぬ闇感じる」‐livedoor




さらに・・
同病院ではこれまで20人が同じ状況で死亡しており、規定違反の可能性
http://news.livedoor.com/article/detail/16132747/

女性は診療方針を相談するため同病院を訪れた当日、治療中止に同意する書類に署名
http://jams.med.or.jp/dic/mdic.html

関係者によると、女性は当時、腕の血管の分路(シャント)が閉塞し、それまでの方法では透析が困難な状態だった。(https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190310-00000068-kyodonews-soci

女性が亡くなる前に透析治療の再開を希望していたという情報
https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20190308/0026592.html



と加わってきています。




様々な調査が、都、学会等から
されていくことと思いますので、
ここで、コメントすることではないと
思っています。

ただ、言葉が交錯しているので、
その点、数点のみ
ここに記載しようと思います。




◆「末期腎不全」と「終末期」という言葉について

腎障害が、最終段階に入り、
腎透析をまもなく要する状態

に入った場合、

End-Stage Renal Disease
ESRDと略し、

糸球体濾過量が15 ml/min/1.73 m2以下と定義される障害
と定義されます。

(Levin A, Stevens PE: Summary of KDIGO guidline: behind the scenes, need for guidance, and a framework for moving forward. Kidney Int. 2013: 35: 49-61.)



日本語の医学用語は、
日本医学会 医学用語辞典
基本とします。
http://jams.med.or.jp/dic/mdic.html

この用語辞典では、
ESRDに相当する適切な用語がなく、
近似する言葉として、
「末期腎不全」
を用います。




一方、「終末期」とは
老年医学会の
ステートメントを
用いています。


終末期とは、「病状が不可逆的かつ進行性で、その時代に可能限りの治療によっても病状の好転や進行の阻止が期待できなくなり、近い将来の死が不可避となった状態」
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs-tachiba2012.pdf

具体的な期間の規定は
設けられていないのが
特徴です。


この時、難しいのは
維持透析状態は
終末期なのか
ーつまり、不可逆的進行状態なのか
ということが
混乱の一つとも言えます。


さらに、一部報道されている
血管分枝部の閉塞
シャントの閉塞とは
何を意味しているか
透析に関わったことがなければ
難しいことと思います。


これは、血液透析が
約200mL/分という
とても速い流速の
血液量を要するため、
手首の静脈と動脈を結び合わせ(シャント)、
動脈血が静脈に流れ、
通常ない血液の流れを作ることで
静脈が累々と成長し、
その血流を用いて、
透析をするのです。

ここに16ゲージあまりの
大変太い針を2本(脱血用と返血用)を差して、
速い血流を維持させなければ
いけません。

週3回針を指し、
透析中は血液を固めないように
凝固を防ぐ薬剤を入れますが、
4時間程度で透析が終われば
今度は、そこを圧迫止血をし、
累々とした血管でも
出血しないようにしなくてはいけません。

透析で、水を引きすぎて
血圧が下がっただけでも
血栓はできやすくなります。

買い物袋をその腕に
かけたりもできません。

血栓ができることは、
稀な事ではなく、
血栓ができてしまったら、
その血栓より心臓に近い位置で
再度動脈と静脈をつなぎ合わせる手術をし、
シャントを手の指先の方から、
段々と傷は心臓に近くに来ます。

この血管トラブルは、
患者さんにとっては、
けして楽なことではありません。




血栓を作ってしまうと
透析自体ができないため、
緊急的には、首の血管や
足の近く鼠径部の血管に
カテーテルを入れて、
シャントの代替えにしたり、

血管の代わりの
人工血管(グラフト)を入れたり、

ひじの上腕動脈という
採血をする静脈の奥にある
動脈を筋膜上に釣り上げて、
筋膜を閉じ、
動脈を穿刺できるようにするような
手術を行うことになります。





つまり、こうした血管のトラブルが
頻発するようになった場合、
安定した維持透析といえるかというと、
けして、患者さんにとっては、
平坦な道ではなくなってきます。

ここに、終末期という言葉の
意味合いとして、
血管トラブルが
透析の差し控えを
考えるきっかけとなることは、
血液透析を行っている患者さんや
医療者以外の人には、
中々理解が届かないところなのではないでしょうか。




また、ぜひとも、特にマスコミの方には、
知っていてほしい言葉です。


◆withdraw と withhold

英語で、
こうした透析の中断のことを
説明するとき、
Stop は
使いません。


withdraw 引き下げる、撤退する

withhold  差し控える

このうち、withdraw であっても、
使うときは、慎重に選びます。

つまり、
withdrawは、やや倫理的な問題を含んでいる可能性がある言葉で、
withholdは、問題ない治療の終了を意味します。

まして、
今の報道の「透析の中止」が意味する stopは
英語圏では用いません。



少なくとも、今の情報量ー
つまり、まだ、
倫理的な問題があるのかないのかわからない
という状況では、
”透析の実施を差し控えた結果、
死亡した事例”として
報道してほしいと思います。


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