話し合う場は、多様な参加者で構成されるのがよいといわれています。
でもね・・
人が・・
多ければよいわけではありません。
男女、年代、色々いればよいわけではありません。
医療でいえば、
医師、看護師、薬剤師、ソーシャルワーカー、色々な職種が集まればよいわけではありません。
大きな声の人が意見を述べると、急にそこに吸い寄せられ、同調していくようなことがあります。
でもね・・
人が・・
多ければよいわけではありません。
男女、年代、色々いればよいわけではありません。
医療でいえば、
医師、看護師、薬剤師、ソーシャルワーカー、色々な職種が集まればよいわけではありません。
大きな声の人が意見を述べると、急にそこに吸い寄せられ、同調していくようなことがあります。
最初から、ほとんど意見を述べない参加者もいます。
会議に参加したら、自分の言葉で少なくとも一回は発言すること・・
単純ですが、重要なことです。
会議に参加したら、自分の言葉で少なくとも一回は発言すること・・
単純ですが、重要なことです。
右向け右する人たちばかりでは、どんなに人が沢山、多様に集まっても、得られる意見は右向きの偏ったものになるだけ。
多様な会議体とは、色々な意見、別の視点、違う指摘、それらが集まって、見落としが無くなる努力をするというもの。
一方で、
様々な意見がバラバラに飛び散ってしまっては、一定の見解を導き出すことが難しくなります。
会議体の
壊し屋ではなく、建築家でありたいと思う。
あの人が出席すると
新たな気づきがある
話し合いが活性化する
意見がまとまりやすい
多様な意見を求めたくて多くの人に会議に参加してもらった時の問題の一つ。
そうなんですよ。
資料に目を通さず、終わりの時間を気にせず、他者の意見を踏まえることなく自論を焦点絞らず展開・・・となると、本当に困ってしまいます。
まさに、現場のあるあるをコメントしてくださり、本当にありがとうございました!!
人が多くてもバラバラてまとまらなくては困りますよね。
冷静な気持ちでみんなのバラバラな意見を落とし所へ導いていくような人、そういう人でありたいですね。
なかなか出来ないけど。
本当にそうですよね。
新しいご活躍、新たな春風ですね!
コメント、ありがとうございました!!
aruga