この頃、日本の仏教界もチベット弾圧に対してやっと思い腰をあげ始めました。
そんな中、聖火リレーの出発点だった善光寺が辞退。
よく決断されました。また辞退の理由も「仏教者への弾圧に憂慮」
ということで中国当局のチベット弾圧への抗議によるものです。
こういう声がもっと日本各地でそして世界中で大きくなって
チベット解放への一歩となればいいのです。
本来、聖火リレーおよび五輪は世界中の国や地域が歓迎すべき
平和の催しですよね。
それがこういう異常な事態になっているということを中国は
ヘソを曲げないで逃げないで直視してチベットの解放に
向かうべきなんです。
五輪憲章の根本理念に曰く
「オリンピズムの目標はスポーツを人間の調和のとれた発達に役立てることにある。
その目的は人間の尊厳保持に重きを置く、平和な社会を推進することにある。
人種・宗教・政治・性別、その他の理由に基づく国や個人に対する差別はいかなる形
であれオリンピック・ムーブメントに属する事とは相容れない。」
中国はこの憲章の持つ意味を充分に理解して実践して五輪を開くべきです。
そうでないといくら国内のナショナリズムが高揚しようとも世界からは異端視される
国へと転落していくでしょう。かつての日本やドイツのように。
さて日本。
五輪の聖火は今週土曜日26日に長野を通ります。
日本人が走者をつとめる聖火リレーを妨害してもそれは日本人が
日本人を妨害することに他ならないです。
そういう事態は憂慮すべきです。
しかしリレー走者そして五輪出場選手はこのチベットの問題について
なんらかの意思表示、強いて言えば抗議声明を出してほしい。
そしてチベットの解放を訴えてもらいたい。
五輪(スポーツ)に政治を持ち込むな・・・という意見もありますが
チベット問題は単なる政治問題じゃないんです。
半世紀に渡って人権が踏みにじられている、尊い命が幾万と
失われているという悲しい現実の問題なんです。
これは充分すぎるほど五輪憲章、五輪の平和の精神に背いている
ことなんですよ。
だから五輪に参加する人たちはこのことを訴える使命・義務があると思います。
チベットに自由と平和を!
そんな中、聖火リレーの出発点だった善光寺が辞退。
よく決断されました。また辞退の理由も「仏教者への弾圧に憂慮」
ということで中国当局のチベット弾圧への抗議によるものです。
こういう声がもっと日本各地でそして世界中で大きくなって
チベット解放への一歩となればいいのです。
本来、聖火リレーおよび五輪は世界中の国や地域が歓迎すべき
平和の催しですよね。
それがこういう異常な事態になっているということを中国は
ヘソを曲げないで逃げないで直視してチベットの解放に
向かうべきなんです。
五輪憲章の根本理念に曰く
「オリンピズムの目標はスポーツを人間の調和のとれた発達に役立てることにある。
その目的は人間の尊厳保持に重きを置く、平和な社会を推進することにある。
人種・宗教・政治・性別、その他の理由に基づく国や個人に対する差別はいかなる形
であれオリンピック・ムーブメントに属する事とは相容れない。」
中国はこの憲章の持つ意味を充分に理解して実践して五輪を開くべきです。
そうでないといくら国内のナショナリズムが高揚しようとも世界からは異端視される
国へと転落していくでしょう。かつての日本やドイツのように。
さて日本。
五輪の聖火は今週土曜日26日に長野を通ります。
日本人が走者をつとめる聖火リレーを妨害してもそれは日本人が
日本人を妨害することに他ならないです。
そういう事態は憂慮すべきです。
しかしリレー走者そして五輪出場選手はこのチベットの問題について
なんらかの意思表示、強いて言えば抗議声明を出してほしい。
そしてチベットの解放を訴えてもらいたい。
五輪(スポーツ)に政治を持ち込むな・・・という意見もありますが
チベット問題は単なる政治問題じゃないんです。
半世紀に渡って人権が踏みにじられている、尊い命が幾万と
失われているという悲しい現実の問題なんです。
これは充分すぎるほど五輪憲章、五輪の平和の精神に背いている
ことなんですよ。
だから五輪に参加する人たちはこのことを訴える使命・義務があると思います。
チベットに自由と平和を!