演芸見ブんログ

寄席・野球観戦等に行った備忘録を残しています

07/10/19 第2回 講談 神田きらりの会

2007-10-19 | 勉強会
春雨や雷太…『古着買い』

神田きらり…『寛永宮本武蔵伝 吉岡兼房斎』

お話…池田弘一氏(神田外語大学名誉教授)

《お仲入り》

神田きらり…『連続 村井長庵より 雨後の裏田圃』

神田きらり…「舞踊 黒田節」


きらりさんが初めて日本舞踊を披露するというので、有給休暇を取って日本橋亭に駆け付けました。
きらりさんの踊りのお師匠さんが主催する会とあって会場は年配の方の姿が目立ち、先週の「シモキタ☆キラリ」とは明らかに客層が違っていました。

開口一番は雷太さん。演芸大会のマクラから8月の『雷蔵八百夜』で聴いた「古着買い」。
ただ客席の反応は微妙で、20分という持ち時間も長かった気がします。
アンケートにも書いたのですが、このような「講談」の一人会で果たして落語の開口一番が必要なのでしょうか?
決して、雷太さんが悪いと言っている訳ではありません。
以前、ある色物の芸人さんが「落語の会で色物のゲストが入るのはどうなんだろう?」と、私に疑問を投げ掛けた事がありました。
今日は色物ではなく落語でしたが、講談の会に落語の開口一番というのはちょっと違和感を感じてしまいました。
同じ前座さんなら、例えば神田蘭さんにお願いするとか、お手伝いの必要があるなら高座に上がらなくとも、楽屋修業をしている鏡味初音さん、八千代さんにお願いするとか・・・。
まぁ、あくまでも素人考えですから、芸人さん側にはそれなりの事情があるのでしょう。
ただ少々重い空気になってしまった感は否めませんでした。

きらりさんの一席目は宮本武蔵伝から、後々武蔵の好敵手となる京都今出川の剣客者・吉岡兼房(清十郎)の道場破りの物語。
剣術の場面などは非常にわかりやすい読み方でしたが、相手方の道場主が一癖ある男で、その語り方は“村井長庵”的でした。
後に出演された池田弘一先生も指摘されてましたが、その辺りのキャラの演じ分けがきらりさんの課題でしょうか?

その池田先生は着物姿で登場されました。
前述の場面以外は『本当に良くなった』とベタホメ。
『下手な芸人は時間を奪う』
という言葉には、ワタクシ、大きく頷いてしまいました。
『講釈は余計なことは言わなくていいんだ。「会が終わるまで雨は降らないでくれ」って。自分が濡れなきゃいいんだよ』
お客さん思いのきらりさんは返す言葉を失っていました。
きらりさんには早く真打になってもらわないと困るんだよ』
きらりさんが「どうしてですか?」と訊ねると、
『この歳になると、アッチから「おいで、おいで」って』
その時のきらりさんの切なそうな顔が印象的でした。
応援してくださる先生のためにも頑張ってね!
先生は『お富与三郎』全16席の粗筋を話されましたが、考えてみると私は“出会い”“仕置き”“鰹のゆすり”しか聴いてない???
いずれは“稲荷堀”“島流し”“島抜け”なども聴いてみたいですね。

ちょっと時間がおしていたため、「雨夜の裏田圃(お登勢殺し)」は少々端折り気味。
三次がお登勢を連れて吉原まで行く行程は、通常なら「平河町三丁目~俎橋~本郷~池之端~浅草」ですが、今日はあっさりと吉原近くまで出てしまいました。
それでも要所はキッチリと押さえ、いつものきらりさんらしい一席を聴かせてくれました。

おしまいに袴を着けて「黒田節」を披露!
扇を持つ手が小刻みに震えていて、緊張しているのが手に取るようにわかりましたが、1番の酒を飲む所や槍を構える所、2番の峰の嵐か松風か、琴で爪弾く想夫恋を聴く様が良く表現されていました。
実は私も身内に日本舞踊をやっていた者がいて、小学生の頃に唯一踊ったのが、この「黒田節」でした。
私が日本舞踊を語るのもナンですから多くは書きませんが、いずれ寄席の高座でもきらりさんが踊るのを楽しみにしています!


※本来ならこの後、芸協の芝居(新宿or池袋)か、思い切って柳家さん喬師匠がトリを務める浅草に行こうかと思いましたが、いかんせん風邪が完治するどころかぶり返し気味なので、おとなしく帰ることにしました・・・残念!