このブログで数回にわたって報告しているKさんを囲む読書会は4回目ということになりました。近隣にお住まいのKさんが再読したいという本を参加者に示し、その感想を持ち寄り、自由奔放に語り合うという会です。時には本から離れて、現在の日本の政治状況や、国際社会の動向にまで話が及ぶことがあります。まあ何でも気の向くままに話し合えるというざっくばらんな会です。コロナ禍の現在、残念ながら参加を見合わせた方もおられましたが、それでも数人が馳せ参じてくださいました。一番元気になられたのはKさんで、仕掛け人の私としては嬉しい限りです。終会後Kさんからは早くも次回の本を何にするかという話が飛び出しています。「今年中にやらなくてはね。中野重治あたりはどうかしら。」と意欲満々です。
さて今までの読書会を振り返っておきましょう。第1回、石牟礼道子『苦海浄土』2018.11.28、第2回、大岡昇平『野火』2019.9.14、第3回、野間宏『真空地帯』2020.2.22ということで、一貫して戦後の小説を読み込んできました。それぞれブログにその報告が書かれていますので参考にしていただければと思います。
私は、小説といえば夏目漱石、森鴎外、芥川龍之介、太宰治、島崎藤村など明治から大正にかけての作家を好んで読んできたので、読書会の作品はいずれも読んでいなくて、それだからこそ新鮮な驚きや発見があったのでした。
大江健三郎といえば私にとっては『ヒロシマ・ノート』『沖縄ノート』(岩波新書)を学生時代に読んで、エッセイ集『厳粛な綱渡り』(文藝春秋)を本棚に並べていたのでした。小説には全く手が出ずに、Kさんから『芽むしり仔撃ち』と言われてもしばらく認識できませんでした。
『芽むしり仔撃ち』は大江の第2作で、初めての長編小説ということになります。23歳にして書き下ろしたということですが、ノーベル文学賞作家を予感をさせる作品です。1958年に講談社から出版されましたが、私が手にしたのは新潮文庫、1965年発行、2019年50刷でした。昨年増刷されて未だ読み継がれているとは驚きです。2回じっくり読み味わってその秘密がわかりました。
読んでない人のためにウィキペディアを覗いてみましょう。
■ウィキペディアより
『芽むしり仔撃ち』 (めむしりこうち) は、1958年に講談社から出版された大江健三郎(当時23歳)の初の長編小説である。
●あらすじ
太平洋戦争の末期、感化院の少年たちは山奥の村に集団疎開する。その村で少年たちは強制労働を強いられるが、疫病が発生した為に村人たちは他の村に避難し、唯一の出入り口であったトロッコは封鎖され、少年たちは村に閉じ込められてしまった。見棄てられたという事実、目に見えぬ疫病に対する不安、突然顕われた自由に対して途方に暮れた時を越えて、子供たちは、自然の中で生を得て祭を催すにいたる。少年たちは閉ざされた村の中で自由を謳歌するが、やがて村人たちが戻って来て、少年たちは座敷牢に閉じ込められる。村長は村での少年たちの狼藉行為を教官に通知しない替わりに、村人たちはいつも通りの生活を送っていて、疫病も流行していなかった事にしろという取引を強要してくる。少年たちは当初は反発したが、やがて次々と村長に屈服してゆく。そして最後まで村長に抵抗する意志を捨てなかった「僕」は村から追放される。
新潮文庫の解説を平野謙が書いています。読書導入としてはなかなか秀逸です。その骨子だけ取り出してみました。
■新潮文庫
1965年発行、2019年50刷。
*解説:平野謙
・私どもは冒頭から非現実的な物語としてそっぽをむくのと反対に、作者のイマジネーションの世界にそのままひきいれられていくのである。(本質的には無何有郷的なそれ)
・弟は集団疎開に際してまぎれこんだ幼ない部外者である。
・「壁のなかの人間」…死んだ疎開女とともにとりのこされた少女、父親が死んで離村する気になれない朝鮮人の集落の少年、その少年の家にかくまわれている予科練の脱走兵
・1957年、処女作『奇妙な仕事』、1958年、初の長編小説『芽むしり仔撃ち』
・『芽むしり仔撃ち』…少年たちの面接した習俗の壁の非人間的な内実
読書会で話題になったことや、私自身が考えたいことは以下の数点です。
●なぜ今『芽むしり仔撃ち』なのか。〔コロナ禍と「壁のなかの人間」〕
●『芽むしり仔撃ち』をどう読んだか。〔テーマ、人物表象、文章表現など〕
●早熟の天才、大江健三郎について。〔小説とエッセイの相違〕
●『芽むしり仔撃ち』は何を象徴しているのか。〔日本社会と教育〕
この読書会が切っ掛けとなって、全エッセイ第1集『厳粛な綱渡り』を再読し、全エッセイ第2集の『持続する志』、我が家に眠っていた『死者の奢り・飼育』を読まなくてはと思う今日この頃です。
最後に、大江健三郎と親密で関係深い鎌田慧さんのコラムをどうぞ!
◆軍備拡大の矛盾
安倍首相、戦争やるつもりなのか
鎌田 慧(ルポライター)
秋田県と山口県に配備予定だった地上型ミサイル迎撃システム
「イージス・アショア」は、反対運動を受けて撤回となった。
もしも反対運動がなかったなら、まったく役立たずの装置に4500
億円(ミサイル抜き)以上のムダな費用がドブに捨てられることに
なっていた。それでも、すでに経費として196億円か費消され、これから
解約に伴う違約金が、トランプ政権から請求される。
小学生が教室で机の下に避難する。まるでマンガだが、安倍政権の
北朝鮮のミサイル恐怖の宣伝だった。訪日したトランプ大統領との
首脳会談で、「米国から防衛装備を大量に買うべきだ」と強要され、
役立たず地上イージスを2基押しつけられた。
1機120億円のステルス戦闘機を147機も購入して、トランプから
「日本は同盟国のなかでももっとも多い数のF35をもつことになる」
とお褒めに与っている。
イイカッコシイの大浪費は、アベノマスクどころではない。
地上イージス計画を撤回した途端、今度は「敵基地攻撃能力を含む
新たな安保政策を検討する」とトランペットの発言。
経済破綻ばかりか、住民の安全も売り出される。
ミサイルを撃ち落とすのが無理なら、相手の基地を叩け。
日米安全保障とは、日本は専守防衛、攻撃は米国との役割分担だった。
が、これからは日本は盾ばかりか、矛も強化する。
「新たな安保政策」とは、際限のない矛盾の拡大、米製兵器の
爆買いに嵌(は)まることになる。
トランプは権力拡大のために兵器を大量に売りつけ、安倍は権力
維持のために大量に購入する。すでに2年前から、「長距離巡航
ミサイル導入関連費」として22億円を計上、さらにその上に
高速滑空弾研究費、対艦誘導弾研究費100億円を盛り込んでいる。
ステルス戦闘機の増強、護衛艦の空母化、ミサイル開発と巡航
ミサイル導入。
安倍首相、戦争やるつもりなのか。
(「週刊新社会」2020年7月14日第1169号「沈思実行」14)
さて今までの読書会を振り返っておきましょう。第1回、石牟礼道子『苦海浄土』2018.11.28、第2回、大岡昇平『野火』2019.9.14、第3回、野間宏『真空地帯』2020.2.22ということで、一貫して戦後の小説を読み込んできました。それぞれブログにその報告が書かれていますので参考にしていただければと思います。
私は、小説といえば夏目漱石、森鴎外、芥川龍之介、太宰治、島崎藤村など明治から大正にかけての作家を好んで読んできたので、読書会の作品はいずれも読んでいなくて、それだからこそ新鮮な驚きや発見があったのでした。
大江健三郎といえば私にとっては『ヒロシマ・ノート』『沖縄ノート』(岩波新書)を学生時代に読んで、エッセイ集『厳粛な綱渡り』(文藝春秋)を本棚に並べていたのでした。小説には全く手が出ずに、Kさんから『芽むしり仔撃ち』と言われてもしばらく認識できませんでした。
『芽むしり仔撃ち』は大江の第2作で、初めての長編小説ということになります。23歳にして書き下ろしたということですが、ノーベル文学賞作家を予感をさせる作品です。1958年に講談社から出版されましたが、私が手にしたのは新潮文庫、1965年発行、2019年50刷でした。昨年増刷されて未だ読み継がれているとは驚きです。2回じっくり読み味わってその秘密がわかりました。
読んでない人のためにウィキペディアを覗いてみましょう。
■ウィキペディアより
『芽むしり仔撃ち』 (めむしりこうち) は、1958年に講談社から出版された大江健三郎(当時23歳)の初の長編小説である。
●あらすじ
太平洋戦争の末期、感化院の少年たちは山奥の村に集団疎開する。その村で少年たちは強制労働を強いられるが、疫病が発生した為に村人たちは他の村に避難し、唯一の出入り口であったトロッコは封鎖され、少年たちは村に閉じ込められてしまった。見棄てられたという事実、目に見えぬ疫病に対する不安、突然顕われた自由に対して途方に暮れた時を越えて、子供たちは、自然の中で生を得て祭を催すにいたる。少年たちは閉ざされた村の中で自由を謳歌するが、やがて村人たちが戻って来て、少年たちは座敷牢に閉じ込められる。村長は村での少年たちの狼藉行為を教官に通知しない替わりに、村人たちはいつも通りの生活を送っていて、疫病も流行していなかった事にしろという取引を強要してくる。少年たちは当初は反発したが、やがて次々と村長に屈服してゆく。そして最後まで村長に抵抗する意志を捨てなかった「僕」は村から追放される。
新潮文庫の解説を平野謙が書いています。読書導入としてはなかなか秀逸です。その骨子だけ取り出してみました。
■新潮文庫
1965年発行、2019年50刷。
*解説:平野謙
・私どもは冒頭から非現実的な物語としてそっぽをむくのと反対に、作者のイマジネーションの世界にそのままひきいれられていくのである。(本質的には無何有郷的なそれ)
・弟は集団疎開に際してまぎれこんだ幼ない部外者である。
・「壁のなかの人間」…死んだ疎開女とともにとりのこされた少女、父親が死んで離村する気になれない朝鮮人の集落の少年、その少年の家にかくまわれている予科練の脱走兵
・1957年、処女作『奇妙な仕事』、1958年、初の長編小説『芽むしり仔撃ち』
・『芽むしり仔撃ち』…少年たちの面接した習俗の壁の非人間的な内実
読書会で話題になったことや、私自身が考えたいことは以下の数点です。
●なぜ今『芽むしり仔撃ち』なのか。〔コロナ禍と「壁のなかの人間」〕
●『芽むしり仔撃ち』をどう読んだか。〔テーマ、人物表象、文章表現など〕
●早熟の天才、大江健三郎について。〔小説とエッセイの相違〕
●『芽むしり仔撃ち』は何を象徴しているのか。〔日本社会と教育〕
この読書会が切っ掛けとなって、全エッセイ第1集『厳粛な綱渡り』を再読し、全エッセイ第2集の『持続する志』、我が家に眠っていた『死者の奢り・飼育』を読まなくてはと思う今日この頃です。
最後に、大江健三郎と親密で関係深い鎌田慧さんのコラムをどうぞ!
◆軍備拡大の矛盾
安倍首相、戦争やるつもりなのか
鎌田 慧(ルポライター)
秋田県と山口県に配備予定だった地上型ミサイル迎撃システム
「イージス・アショア」は、反対運動を受けて撤回となった。
もしも反対運動がなかったなら、まったく役立たずの装置に4500
億円(ミサイル抜き)以上のムダな費用がドブに捨てられることに
なっていた。それでも、すでに経費として196億円か費消され、これから
解約に伴う違約金が、トランプ政権から請求される。
小学生が教室で机の下に避難する。まるでマンガだが、安倍政権の
北朝鮮のミサイル恐怖の宣伝だった。訪日したトランプ大統領との
首脳会談で、「米国から防衛装備を大量に買うべきだ」と強要され、
役立たず地上イージスを2基押しつけられた。
1機120億円のステルス戦闘機を147機も購入して、トランプから
「日本は同盟国のなかでももっとも多い数のF35をもつことになる」
とお褒めに与っている。
イイカッコシイの大浪費は、アベノマスクどころではない。
地上イージス計画を撤回した途端、今度は「敵基地攻撃能力を含む
新たな安保政策を検討する」とトランペットの発言。
経済破綻ばかりか、住民の安全も売り出される。
ミサイルを撃ち落とすのが無理なら、相手の基地を叩け。
日米安全保障とは、日本は専守防衛、攻撃は米国との役割分担だった。
が、これからは日本は盾ばかりか、矛も強化する。
「新たな安保政策」とは、際限のない矛盾の拡大、米製兵器の
爆買いに嵌(は)まることになる。
トランプは権力拡大のために兵器を大量に売りつけ、安倍は権力
維持のために大量に購入する。すでに2年前から、「長距離巡航
ミサイル導入関連費」として22億円を計上、さらにその上に
高速滑空弾研究費、対艦誘導弾研究費100億円を盛り込んでいる。
ステルス戦闘機の増強、護衛艦の空母化、ミサイル開発と巡航
ミサイル導入。
安倍首相、戦争やるつもりなのか。
(「週刊新社会」2020年7月14日第1169号「沈思実行」14)