後期ゴシック彫刻・市民運動・演劇教育

小学校大学教師体験から演劇教育の実践と理論、憲法九条を活かす市民運動の現在、後期ゴシック彫刻の魅力について語る。

〔153〕私たちは『過ぎし日々に向き合う』(半田たつ子)に向き合う必要があります。

2017年08月16日 | 図書案内
  半田たつ子さんからご著書『過ぎし日々に向き合う』(私家版)が送られてきました。
 なんと497ページという大著です。カラー写真もふんだんに挿入されています。本は次のような構成になっています。



〔目次〕
なぜ過去を問うのか
私の十代の日々
私を育て、支えた人々-彼岸の家族
敗戦前後の日記抄Ⅰ(昭和十九年…十六歳)
敗戦前後の日記抄Ⅱ(昭和二十年…十七歳)
敗戦前後の日記抄Ⅲ(昭和二十一年…十八歳)
敗戦前後の日記抄Ⅳ(昭和二十二年…十九歳)
過ぎし日々
そして「今」、と「これから」
私のアルバムから-大切な人々とともに-


  敗戦前夜の学生時代の日記が中核をなす自伝ともいえる本書を、なぜ発行することにしたのか、半田さんは次のように書いています。

「十代の最も多感な時期に、戦争・戦後を体験した私たちの世代が、次々に彼岸に旅立ち、戦争体験を伝えるために働いてきた団体が、解散に追い込まれる今、さあ、私は急がなければならないのだ。自分の記憶の庭に育った小さな花や果実をよみがえらせて、私たちの世代が、生きて感じ、捉えたこと、願ったことを、言葉としてとどめる……それこそが、それのみが、私のできること、しなければならないことと思うからだ。」12頁

  私が初めて読んだ膨大な半田さんの日記から受ける印象は、当然予想したことであるのですが、文学少女と軍国少女を兼ね備えたものだということです。文章力の豊かさに圧倒され、他方なぜここまで軍国教育に「洗脳」されたかと思うのです。それにしてもかつての自分をここまで曝すことのできる半田さんの凄さを思わざるを得ません。
次のような日記が並んで登場してきます。

「…日本が、私たちの愛する祖国が、このように愛らしい春の訪れを受けた日、日本の領土としたマレーシャに敵上陸との報道があり、私は今こそ起つべきであるとひしひしと感じた。元寇以来の国難、勝つ勝つ、断じて勝つ。」(昭和19年2月5日)
「昨日発表された海軍の神風特別攻撃隊の記事を読んで、疲れたなんのとふくれっ面をしていたのが恥ずかしくなった。小我を没して悠久の大義に生きることのうるわしさ。その名も床しい敷島隊、この五人の若武者は肉弾もって敵空母に作裂し、皇国存亡を期しての比島沖海戦を勝利に導かれた。身をもって皇国を救い、帝国海軍の伝統をここに示された。
 ああ、この肉弾なくして、どうしてあの大戦果を挙げられたか。この尊い犠牲に、どうしてただ戦果に酔うことができるだろう。この霊をお慰めするために我々は何をなすべきか?」(同年10月29日)

  まだしっかり読めないうちに、『過ぎし日々に向き合う』の反響についてまとめられた手紙が半田さんから送られてきました。かなり好意的に賞賛する手紙が多かったなかで、手厳しい批判も取り上げられていました。
  ご著書を読み進めているうちに、それをもとにした講演会のお知らせが朝日新聞に掲載されていました。当日は残念ながらうかがうことはできませんでしたが。

■(東京)戦中戦後の日記もとに講演(朝日新聞、2017年8月4日)
 ◆家庭科男女共修に尽力 半田さん
 ◇「私は自らを軍国少女に仕立てていった」
 家庭科の男女共修に尽力した調布市の半田たつ子さん(89)が、戦中戦後の自らの日記を編集した近刊「過ぎし日々に向き合う」をもとに5日、市内で講演する。「私は教えられた通りに自らを軍国少女に仕立てていった。安易に流されず、染まらず、自分の根を育ててほしい」。半田さんは講演で、こんなメッセージを伝えるつもりだ。
 半田さんは故市川房枝さんらが発起人となって1974年に結成した教師や市民のグループ「家庭科の男女共修をすすめる会」の元世話人の一人。会報発行や署名集めなど20年に及んだ運動は、93年度に中学、94年度に高校で男子も家庭科が必修となって結実した。96年には、教育で活躍した女性に贈られるエイボン教育賞を受けた。
 同世代が次々亡くなるなかで「価値観をひっくり返された中で生き、暮らしてきた私たちはきちんと発言してこなかったように思う」と、自身の16~19歳の日記の自費出版を決めた。
 「元寇(げんこう)以来の国難、勝つ勝つ、断じて勝つ」(44年2月、16歳)、「大将の号令の下に突進して行こう」(45年4月、17歳)。敗戦前、手製のノートにしたためた日記には、こんな記述が目立つ。一方、終戦の翌年には「一年前の今日とは何と隔たりが全てのものに見られることだろう。生のよろこびをひしひしと感じさせられる」と記した。
 本の中で半田さんは「これほどまでの負け戦でどうして為政者を信頼できたのかと驚くよりあきれる」と振り返る。戦後、教師となった半田さんは「ウソをつかない」と誓い、教科書であっても納得できなければ無批判には教えなかったという。
 今年4月に出版した497ページの大著は知人らに贈り、地元図書館への寄贈も検討している。
 講演は調布市上石原3丁目の市西部公民館で午後2時から。無料。先着80人。申し込みは同館(042・484・2531)へ。 (青木美希)


  ところで、半田さんの自伝から私たちが読み取らなければならないのは、教育といったものの重みだと思います。…こんなことを考えているとき、戦前の軍国主義教育とはなんだったのかを理解することができる、興味深いフィルムが見つかりました。私の友人塚越敏雄さんが十数年前に6年生の授業に活用したものだそうです。彼が台本を見つけ出して字幕を付けてくれました。ユーチューブにアップしてくれましたのでご覧ください。

●「戦ふ少国民」
【歴史映像】戦争推進教育映画「戦ふ少国民」 昭和19年、電通制作
説明 太平洋戦争中、横浜の西前国民学校で取り組んでいた教育の実態。「立派」な兵士となり、国のために命をささげることが尊いことと教えられたことがわかる貴重な映像。
https://youtu.be/ucbdkc3o8z4

〔152〕『道昭-三蔵法師から禅を直伝された僧の生涯』(石川逸子)は、壮大な大河ドラマです。

2017年08月13日 | 図書案内
 著者の石川逸子さんから『道昭-三蔵法師から禅を直伝された僧の生涯』が送られてきました。なんと478ページの大著でした。
  「道昭」という僧の名前を私は知りませんでした。でも、カバー写真を見てオーと唸りました。端整な顔立ちの、大阪府野中寺の金銅弥勒菩薩半跏像が写っていたからです。十数年前、レンタカーで府内の古寺を訪ねたときに出向いたのが野中寺でした。古寺・仏像マニアの私は、毎月18日開帳を知ってここを訪れたました。数人の参詣客と一緒に寺の座敷で拝観したのを覚えています。
  それでは、道昭と弥勒菩薩はどういう関係なのでしょうか。
  種明かしをする前に、『道昭』の基本情報をみておきましょう。

■『道昭-三蔵法師から禅を直伝された僧の生涯』石川逸子著、コールサック社、478頁、2016.11
〔オビ〕本書は読者を七世紀の日中韓の世界にタイムスリップさせる。
 主人公の遣唐使の道昭は、三蔵法師と寝食を共にした愛弟子であり、日本に初めて禅の神髄を伝え、日本で初めて火葬を遺言した僧侶。詩人の想像力は当時の東アジアの情勢と道昭の精神性をしなやかに描く。
〔発刊にあたって〕(著者)
アジアの端にあるこのくに。
 古代史を読み直してみても、アジア、特に朝鮮・中国との密なかかわりは、驚くほどです。中国の玄奘三蔵ほか百済・新羅の僧たちにも学んだ道昭の成長は、そのまま、このくにのひとびとの成長でもあったでしょう。

○目次
・歴代大王・天皇系図/道昭系図
  1 「異神」の渡来
  2 馬子とウマヤト
  3 大王の座
  4 上宮一族のほろび
  5 血したたる刃
  6 謀反人
  7 遣唐使船
  8 先住民族の歌語り
  9 朝鮮高僧譚
  10 唐王室と玄奘三蔵
  11 玄奘との約束
  12 求法の記
  13 長安を歩く
  14 廃墟の月
  15 中国巡礼の旅
  16 弟子入り
  17 玄奘の四つの危機
  18 ほろびゆく父祖の国
  19 波乱の帰国
  20 倭国敗戦
  21 父鎌足、子定恵
  22 天智の夢
  23 壬申の乱
  24 道昭の禅院
  25 大津皇子と草壁皇子
  26 持統の思惑
  27 アズマへ
  28 井戸を掘り、橋を架ける
  29 役小角との対話
・発刊にあたって
・参考文献


 道昭は百済からの渡来人の子孫で、遣唐使として唐に赴き、あの三蔵法師から禅を直伝された僧なのです。道昭は小さな木彫りの弥勒像を唐から持ち帰ったというのです。その像に似せて一族の氏寺の野中寺のために仏師に作らせたのが金銅弥勒菩薩半跏像だったのです。
 さて、本書は道昭の生涯を、100冊にわたる文献を読みこなしながら、史実に基づいてドラマチックに再現構成した歴史小説といえそうです。『日本軍「慰安婦」にされた少女たち』(岩波ジュニア新書)の著者紹介を読んで合点がいきました。史家としての面目躍如といったところです。
「石川逸子 : 1933年東京に生まれる。お茶の水女子大学史学科卒業。詩人。公立中学校の社会科教師をつとめるかたわら、詩作をつづけ、1983年退職。ミニ通信「ヒロシマ・ナガサキを考える」を100号まで発刊。」

 三蔵法師、行基、藤原鎌足、大津皇子、草壁皇子、天武天皇、持統天皇、役小角…といった歴史上の人物が、古代の日本や唐や朝鮮半島を舞台に、躍動感をもって登場するのです。まさに「詩人の想像力は当時の東アジアの情勢と道昭の精神性をしなやかに描」いているということばが大仰ではなくしっかり当てはまった本でした。
 それにしても、もう一度読み返さないと私には理解が難しいことを告白しておきます。

〔151〕「権力を監視し、不正を糺していく」情報番組を探してみました。

2017年08月01日 | テレビ・ラジオ・新聞
 数年前から、教育基本法改悪・戦争法・特定秘密法・共謀罪・原発再稼働などに反対するため国会などへの抗議活動に頻繁に参加するようになりました。数万人の集会にもかかわらず、マスコミの扱いは実に冷たいことも度々ありました。
 日本のマスコミははたして健全に機能しているのだろうかと疑問に思っていたときに手にしたのが、『「本当のこと」を伝えない日本の新聞 』(マーティン・ファクラー、双葉新書、2012年)という本でした。彼は元ニューヨークタイムズ記者でピュリッツァー賞次点にも輝いた人です。
 「情報寡占組織・記者クラブ」「検察当局と一体化する記者クラブ」などと見出しが躍っている本です。日本は「調査報道」でなく「発表ジャーナリズム」になっていると指摘しています。聞き慣れない「アクセス・ジャーナリズム」の必要性も説いているのです。
 次のようなことばが強く心に残っています。

「ジャーナリストとは、基本的に権力寄りであってはならない。権力の内側に仲間として加わるのではなく、権力と市民の間に立ちながら当局を監視し、不正を糺していく。」

 時あたかもNHK問題で籾井勝人前会長の言動が批判され国谷キャスター降板問題など起こっているときでした。また東京MXテレビの「ニュース女子」(1月2日放送)は運動に対するあからさまな攻撃で沖縄ヘイトと呼ぶべきものです。ここに出席した数人の評論家言動は許しがたいものでした。取材無し、決めつけ報道の典型であったと思います。こうした一連の流れは高市早苗総務相の電波停止発言に繋がるものです。

「権力の内側に仲間として加わるのではなく、権力と市民の間に立ちながら当局を監視し、不正を糺していく」テレビ番組がはたして日本にあるのでしょうか。比較的リベラルな報道番組を探し出してみました。


〔日曜日〕(東京での放送日)
・「サンデーモーニング」関口宏(司会)、岸井成格、青木理等、TBS系列で1987年10月4日から毎週日曜日の朝の時間帯に生放送されている関口宏が司会を務める報道番組。(ウィキペディア)
・「週刊報道 LIFE」BS・TBS日曜日の番組。21:00~22:00「次の世代へ」をコンセプトに、今の政治、経済、社会、国際情勢、スポーツなど、毎回一つのテーマにこだわって取材をし、人間の顔が見える報道情報番組を目指す。松原耕二(TBSテレビ報道局) (2015年4月 - ) 出水麻衣(TBSテレビアナウンサー) (2015年4月 - )解説、堤伸輔(ウィキペディア)
・「外国人記者は見た!日本inザ・ワールド」はBS-TBSの報道討論番組である。2015年10月7日より毎週水曜日放送されていたが、2016年10月2日からは『外国人記者は見た+日本inザ・ワールド』として日曜日22時から22時54分に放送時間が変更された。(ウィキペディア)パトリック・ハーラン、出水麻衣。

〔月〕〔火〕〔水〕〔木〕〔金〕
・「羽鳥慎一モーニングショー」(テレビ朝日、月~金曜午前8時)として22年半ぶりに復活。アシスタントはテレビ朝日アナウンサーの宇賀なつみ。…玉川徹も続投するが、毎日出演することとなった。(ウィキペディア)
・「NEWS23」は、1989年10月2日よりTBSをはじめとしたJNN系列が生放送している平日最終版の報道番組である。 番組開始から2008年3月28日までは『筑紫哲也 NEWS23』として放送しており、初代メインキャスターを務めた筑紫哲也の冠番組であった。(ウィキペディア)星浩、雨宮塔子。
・「報道ステーション」は、テレビ朝日で2004年4月5日から月 - 金曜日の22時台に生放送されている帯の報道番組。 放送第1回目からハイビジョン、ステレオ音声で放送。47都道府県で地上デジタル放送が始まった事を受け、2006年12月4日から番組に連動させたデータ放送を開始した。(ウィキペディア)富永悠太、後藤謙次
・BS11の報道番組「報道ライブMOVE UP22」(毎週月曜~金曜)が、今夜4月4日の22時からスタート。別所哲也をメインキャスターに迎え、“未来志向”スタイルで22時台という報道激戦区に真っ向勝負していく。
 月曜から木曜のメインキャスターは別所。アシスタントキャスターとして、元テレビ東京アナウンサーの八塩圭子が月曜と火曜を、元札幌テレビアナウンサーで、NEWS24(日本テレビ系)のキャスターも務めていた中島静佳が水曜と木曜を担当する。金曜日は、日本総合研究所理事長の寺島実郎が司会となり、対談番組『寺島実郎の「未来先見塾」~時代認識の副読本』を放送する。(HPより)

〔土〕
・「激論」インタビューの巨人・田原総一朗が切り拓く新境地!現代日本の行方を徹底的に考える【出演者】田原総一朗 (ジャーナリスト)本間智恵 (テレビ朝日アナウンサー)
午前10:00~10:55(BS朝日、番組HP)
・「報道特集」善場貴子、金平茂紀、日下部正樹、TBS系列で、2010年4月3日から、毎週土曜日の17:30 - 18:50に生放送されている大型のニュース・報道ドキュメンタリー番組である。ハイビジョン制作、リアルタイム字幕放送。 2008年4月5日から2010年3月27日までは、『報道特集NEXT』として放送した。(ウィキペディア)


 NHKは忠実に政府の意向を報道しています。国民の関心が高い国会中継を放送をしないことも多いと感じています。体制に加担するだけのテレビになぜお金を払わなければならないのか、疑問に思う人が増えています。
 日本テレビ(読売系)、フジテレビ(産経系)はどちらかというと政府応援団のテレビ局です。森友・加計問題ではおもしろおかしくゴシップを中心に取り上げているという印象でした。