山崎聖天に行って来た。
正式には観音寺。千手観音が本尊だが、歓喜天(聖天)を奉っているため山崎の聖天さんと親しまれる。
寛平法皇と謳われた宇多天皇により創建されたというが、その後衰退した。
しかし近くに離宮八幡があることなどから、特に商人から信仰された。(離宮八幡はごま油の発祥の地)
また、大山崎の地が交通の重要地域であった事も関係すると思われる。
しかし、禁門の変に巻き込まれる。離宮八幡が長州方の陣地になった事によって、
周辺が戦場となり尽く燃えた。先の大戦とは応仁の乱。この間の戦いとは禁門の変(蛤御門の変)
という京都人のいう事がよくわかる。
ココも、天王山の登山の途中に境内がある。
振り返るとこんな景色。
さて、聖天さんと呼ばれるお寺が京都にはもう一つある。
因みに、西陣には、嵯峨天皇の御等身大の歓喜天があり、山崎には、重文の千手観音がある。
京都検定的には、以下のような整理が必要になる。
西陣の歓喜天 山崎の歓喜天
山号 北向山 妙音山
正式名称 雨宝院 観音寺
通称名称 西陣聖天 山崎聖天
宗派 真言宗泉涌寺派 真言宗単立
本尊 大聖歓喜天尊 十一面観音
創建 821年 899年
開基 弘法大師空海 宇多天皇
うううん!難しい。
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