一昨日は、名古屋での久しぶりの「おさらい会」でした。先生と合わせて4人集まり、日頃の練習成果を「おさらい」します。順番が回ってくると自分の歌いたい曲を提示し、その曲を歌える人全員で一斉に歌います。あるとき「恩納節」になりました。この曲なら古典で最初に習った曲だし、先日のレッスンでも歌っているし、もう楽勝楽勝。と思って、ろくに工工四も見ずに余裕を「かまして」歌っていたら、何と途中で痛恨のミス。いきなり後半の節で歌ってしまい、やり直しです。そうです、この曲は同じような節を前半後半で繰り返すのですが、一部が違う節なのです。皆さんに迷惑をかけてしまいました。でも「恩納節」は何度歌っても良い曲です。
白山は、約1300年前に「泰澄大師」が開山したと言われているが、その事前準備として今の「獅子吼高原」から「奥獅子吼山」を経由して「宿の岩」「板尾不動滝」あたりまでを弟子らと共に修行の場としていたと言う。当時、すでに「四宿」(今の「獅子吼」)の近辺に白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)があり、そこを神聖な修行の拠点としていたのだろう。
①白山比咩神社の裏手にある登山道を登るとこのような石柱がある。(ただしこれは、時代が新しいかも)

②獅子吼から奥獅子吼山に至るまでの間の水場の岩に刻まれた記号。

③「宿の岩」(しゅくのいわ)に刻まれた文字

④板尾不動滝の入口にある古い石積

これらは、つながっているのだ。(本日はこれまで)
板尾不動滝と宿の岩、入口です。(注意!ここまでに至る道路はとても狭く、奥に採石場があるため大型ダンプ多し。日曜日がおすすめ)

昔、滝にまつわる何かの施設があったのか、石垣があります。

滝が見えてきました。

近づくと、水しぶきがかかります。

分岐に戻ります。

滝が近くにあると言うことは、断崖絶壁になります。

沢沿いのルートになります。何度か沢を渡りました。

道が全く分からないので、登山地図アプリが頼りです。
こんな状態がずっと続きます。

途中にあった大きな穴。カモシカの仕業でしょうか?(大きさがわかるように私の靴をあえて写してあります。

道が見えません。よく見ると中央がルートです。

ワラビが伸びきっています。

途中にある池塘には、オタマジャクシが大量にいました。

カエルのゼラチン状の卵です。

こちらはモリアオガエルの卵でしょうか?

本日の最終目的地「宿の岩」に着きました。

約1300年前、泰澄大師が白山を開山するときに、この周辺の「奥獅子吼山」から、この「宿の岩」あたりまでを拠点として、弟子らと共にトレーニングをした場所だと言われています。当時の高僧らしき名前が岩に彫られています。「獅子吼」(ししく)というのは宿坊から来ていて、本来「四宿」(ししゅく)らしいです。

文字があちこちに、たくさんあります。本日は以上です。

早弾きの屋慶名こはでさ節(早弾きでない曲もある)は、私にとっては取りつきにくい曲だ。なぜなら同じ「尺」の音が、途中で音程が変わるからだ。
途中で「転調」しているという説もあるが、それだけでは解決できない微妙な音の流れなのだ。これは、どこに問題があるのかずっと悩んでいた。
工工四が間違っている?いやそうではない。工工四は「尺」としか書いてないので、見た目では低い「尺」か半音高い「尺」かは区別できない。では、師匠から弟子への伝承が昔どこかの段階で間違って伝えられた?いや、そうではない。
いろいろと悩んだ結果、これはどうも「西洋音楽にずっと慣れているから。」という事に気が付いた。どういうことかと言うと、琉球古典音楽は西洋音階ではないので、考え方が全く違うのだ。例えばインドの「シタール」の音楽はどうだ?アフリカの楽器「コラ」の音楽はどうだ?西洋音楽の音階では解決できないではないか。中近東の「ウード」に至っては、半音ではなく「4分の1音」もある。
つまり、ひとつの曲の中で音が変化するのは「そういう音楽」だからなのだ。「転調」しているというのも西洋音楽的な考え方ではないか。琉球古典音楽は世界レベルで見れば「民族音楽」なのだ。だから悩むことはない。そのまま覚えるしかないのだ。
浜千鳥という舞踊曲がある。今頃になってようやく練習しているのだが、簡単なようで、これが意外と難しい部分がある。似たようなメロディーが繰り返される部分が、細かい部分で違いがあるからだ。工工四で示すと次のようになっている。これはもう繰り返し練習して慣れるしかない。


