寓居人の独言

身の回りのことや日々の出来事の感想そして楽しかった思い出話

男の手料理といえるかな?(5) 手作りブルーベリージャム

2011年08月26日 14時24分23秒 | 日記・エッセイ・コラム

 町田市で農業をやっている教え子の所から、ブルーベリーを1kgほど送っていただいた。どうしたものかと冷蔵庫で保存しておいたところ、妻がどうするかと聞いてきたので、ジャムを作ることにした。インターネットでブルーベリージャムの作り方を調べると、沢山の方が作り方を紹介していた。

 それを参考にして実際に作ってみることにした。初めに鍋にブルーベリーの実を入れてそのまま火にかけるという。焦げ付いたりしないかと心配したが、温度が上げってくると実の中から水分が出てきたので焦げる心配はなかった。

 砂糖は少しずつ何回かに分けて入れる方法と、初めから全部入れてしまう方法、それから煮詰まってきてから全量を入れる方法があると言うことなので、今回は初めの方法で砂糖を入れることにした。中火で約1時間煮るうちに、ブルーベリーの50%ほどの砂糖を4回に分けて入れた。さらに小火でとろとろ約30分ほど煮詰めてできあがった。

 少し冷やしてから試食してみると結構良いできあがりであった。これは料理と言うほどのものではないが、ある材料を使って美味しく食べることが出来るようになるのはなかなか楽しいものである。

 

 


ミノタンの日時計

2011年08月22日 07時10分47秒 | 子供のための科学のお話

 幼稚園では、節分の豆まきやおひな祭りの行事がすぎました。幼稚園のお庭は春のお日様が暖かく照っています。
  ミノタンやお友達は、幼稚園が明日からお休みになるので、園長先生のお話を聞くためにお庭に並んでいます。
  「みなさん、明日から幼稚園はお休みになりますが、4月の幼稚園が始まるまで元気でいて下さいね。4月から年長組になるイルカ組の人たちは、お姉さんやお兄さんになるのですから、年少組の子どもたちの見本になるようになりましょう。とくに、給食で食べるものに好き嫌いのある人は何でも美味しく食べられるようになりましょう。それから、年少さんにお話をしてあげられるようになるために、絵本を自分で読めるようになりましょう。そして、お父さんやお母さんのお手伝いもしましょう。それではこれで解散にします」。と園長先生は、子供たちに手を振ってあいさつを終わりました。
 年長組の園児たちは、もう卒園式を済ませていたのでミノタンたちが、4月からは年長組になるのでした。園児たちは、それぞれのお父さんやお母さんと手をつないで、帰っていきました。ミノタンは、コウタンやヒロと何か相談をしています。
  「うちのパパがお彼岸にお墓参りをした後で、何かおもしろいものを作ってくれるんだって。だから一緒に見ない」。とミノタンはコウタンとヒロにいいました。
  「うちのパパやママに聞いて、どこにも行かないっていったら、ミノタンのおうちへ行くよ」。とコウタンとヒロがいいました。
 3人は、パパやママの所へ走っていきました。ミノタンのパパは何を作ってくれるのでしょうか。楽しみですね。
 パパがお休みのお彼岸のお中日(春分の日)に、ミノタンの家族はお寺へ行きご先祖様のお墓参りをしました。お家へ帰ってくると、パパとミノタンはすぐに着替えました。そこへちょうどコウタンとヒロがきました。
 パパは、お庭にシートを敷いて、板と大工道具を持ってきました。
 「さあ、みんなこのシートに上がってみていなさい。これからお日様で時刻がわかる時計を作るんだよ」。
  「へー、お日様で時刻がわかるの」とミノタンがいいました。
 「不思議だね」とコウタンとヒロが同時にいいました。
 「お日様で、今何時かわかったら、とっても便利だね」。とパパがいいました。
  「でもね、不便なこともあるんだよ。まず夜は、お日様がでていないからわからないし、雨が降ったり曇っていたりするとわからないんだよ」
 「どうしてなの」と3人は不思議そうに聞きました。
 「それはね、ほら、君たちの陰がシートの上にできているね。お日様がでている間は、陰ができるけど、お日様が沈んでしまうと陰ができないからわからなくなってしまうんだよ」とパパがいいました。パパはお話ししながら木をノコギリで切ったり、角を削ったり台になる板にコンパスで半円を書いていきました。そして半円を書いた線の上に12等分の印を付け、中心とその点を結ぶ線を引いていきました。
 「これって、パラシュートの絵みたいだね」と、ミノタンがいいました。
 「ほんとだ、僕こういうのをテレビで見たことがあるよ」と、コウタンがいいました。
  その間にも、パパは板にペンキを塗ったり仕上げをしていました。
 「さあ、できたよ」と、パパがいいながらきれいなものを見せてくれました。
 「これが日時計といってお日様の位置で時刻がわかる装置だ」と、パパがいいました。
 子供たちは、「かっこいいね」とか、「きれいだね」といいながら日時計をさわっています。
  出来上がった日時計は、板の上に書いた半円の真ん中と円の中心を結んだ線の上に三角形の別の板が乗っています。
 「これが日時計だよ、この三角の板を南と北に向けて平らな(水平な)所におくと、ほら三角の板の陰が下の板の目盛りの所にくるだろう」といってパパが指を指して説明してくれました。
 「今できている陰の部分に印を付けておくよ」といって、パパは小さなタック紙に時計の時刻を書き日時計の陰の端につけました。そして、また少し難しいお話をしてくれました。
 「今日は、春分の日だね。秋の秋分の日と春の春分の日には、お日様が東の海からでて、西の海に入る昼間の時間と、夜の時間が同じになるんだよ。だから今日のお昼の12時になると、お日様は真南に来る。だからこの三角の板の陰が一番細くなり、この12の所を指すんだ。そして夕方の6時になると、こっちの端に来るんだよ。日本の国は広いから、場所によって少しずれることがあるけどね。ミノタンたち幼稚園の子どもにはやっぱり難しいかな」といってパパはにこにこしていました。ミノタンたちは、日時計が珍しくいつまでもじーっと見ていました。
 ミノタンのままが、「ミノタンおやつですよ。パパも一緒にお菓子を食べなさい。飲み物もどうぞ」といって美味しそうなお団子をお皿にいっぱいのせたものとジュースのビンを持ってきました。お団子を食べジュースを飲んでしばらくして、ミノタンたちは日時計の所へ戻ってきました。すると三角の板の陰がとなりの目盛りの所へ移っていました。
  「わー、陰が動いた。陰が動いた」と子どもたちは大喜びでした。パパとママも楽しそうにその光景を見てにこにこしていました。


猛暑

2011年08月16日 07時56分25秒 | 日記・エッセイ・コラム

 毎日暑い日が続いている。報道によると今週木曜日(8月18日)まで続くという。最近の天気予報は当たる確率が高くなっているので期待してしまう。

 ところで、この暑さの中、放射線防護服を身につけて作業している方々のご苦労を思うと頭が下がる。どのような冷却法がとられているのか不明であるが、服の中は大変な暑さになっているに違いない。健康状態を十分にチェックして体調を整えてほしい。

 同様に震災被害地域の整理をしている方々もこの暑さで臭気が大変な状態と思うので体調管理を忘れずに行ってほしいと思う。

 今NHKのニュースを見ていると、高齢者の方が熱中症で亡くなったという報道を伝えた。高齢者の方は,いわゆる我慢の時代を過ごしてきた方が多い。そのために、世の中が節電、節電と言っているとついエアコンをつけるのを我慢してしまう。水分の摂取も少なくなってしまうと危険な状態になってしまう。周囲の方の見守りが必要になるので是非お願いしたい。

 筆者も,小笠原諸島の父島で,研究調査が終わったので最後の日に若い人達と船で弟島の北の方まで行った。船は快調に海上を走り,筆者は甲板に横になっていた。約1時間後、目的地に着いた。船から降りようとすると全身がだるく動くことができない。船頭と若い人に助けられて,島の岩陰の風通しのよいところへ移動した。船頭の持ってきた氷と冷たい飲料水で身体を冷やし静かにしていた。昼食は食欲がなかったので少しだけ食べて休んでいた。

 こうして16時頃まで横になっていた。この状態は,今なら熱中症として危険な状態だったのだろう。10日間ほどの研究調査で疲れも出たのかもしれなかった。運良くこの状態は夜には回復した。

 この話とは少し違うが、次のような経験があった。 そのときは鹿児島県の与論島へ石灰岩の調査に行った。鹿児島港を夕方6時頃に出港して、徳之島を過ぎるころに夜が明けた.天気は快晴で、日が当たり出すと甲板に出て日光浴する人が多くなった。筆者らのグループの人には、長袖シャツを必ず着ているように注意していた。これは急な日焼けを防ぐためである。

 昼過ぎに与論島へ着いて、船客はそれぞれの目的地へ散っていった。筆者らも予約していた民宿の迎えの車に乗って民宿に着いた。しばらく荷物の整理をし、一休みしていると、同宿の女性が困ったような顔をしていたので「どうしましたか」聞くと,同行の人が,船上で焼きすぎて顔が火ぶくれになってしまったということだった。ちょっと見せてもらったところ、顔中が大きな水ぶくれでいっぱいだった。これがはじけたら大変になるという。二人の女性は、有名ブランドの化粧品会社の方だった。これが潰れて、もし化膿したら離島のことだし勤務にも差し支えるという。

 筆者はちょうど、北海道のカシン・ベック病の調査の手伝いでいったとき、札幌の宿舎で熱湯に手を突っ込んで火傷をしたときに、千葉大医学部の先生がくださった薬を持っていたのでそれを提供した。筆者の経験では,火傷の痛みはすぐに消えるほどよく効いたので使ってみますかというと、お願いしますというので使い方を指示して使ってもらった。翌朝に会うと、前日の火ぶくれが嘘のように引いて赤みが少し残る程度に回復していた。女性も驚いたようだが,筆者も驚いた。これほど効果があるとは思わなかった。その後女性達には大げさだが、命の恩人と言われる羽目になった。

 船上は風があるので、体感温度は低いが、日光の強さは相当なものなので火傷を負うことがある。これも熱中症の一種だと思う。

 旅行に車で行く方もたくさんいることだろうが、車内冷房だけでなく窓から差し込む日光にも気をつけてほしい。体感温度と日焼けは別なものであることに気をつけてほしい。

 高齢者や乳幼児の熱中症には,周囲の方の気遣いを是非お願いしたい。