耳納の神々

この山から見る平野も川も壮大です。やっぱりこの山には神々がいらっしゃいます。
山の神にご挨拶するために今年も登るぞ~

阿蘇山上神社

2009年03月17日 | 県外の神社
ここまできました。

阿蘇山上神社です。






コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

震動の滝竜神神社

2009年03月17日 | 県外の神社
無理矢理 九重夢大吊橋に連れて行かれました。

なんと実弟は途中で断念。高所恐怖症は家系か???

高さ173m、長さ390m  九重“夢”大吊橋は高さも長さも日本一!!


私は下は見られない。常に前を向いて。
そして止まることはできない。止まったら揺れを感じるからね。

北側渡り南側にある 震動の滝竜神神社



「震動の滝竜神伝説」
 昔々、この震動の滝には年老いた竜神が住んでいました。
年々神通力が衰えてきた竜神は、不老長寿の薬として若い女を食らうことにしました。
釣に事よせて、北方集落のある里人を招き寄せ「お前の娘を差し出せ。さもないとお前を食べるまでだ」と迫ったのです。
里人は恐ろしさのあまり約束をはたさずにおりますと竜神はおこって神通力で集落の底を抜いて水を干上がらせてしまったのです。
田畑の作物は枯れはて井戸水もなくなり、集落は大干ばつに見舞われました。
さらに竜神は最後の力をふりしぼって断崖をよじ登り、集落に火を噴きはじめました。
この時娘の恋人は一計を案じ、集落総出で懸命の詫びて不老長寿の薬として「餅」を捧げて竜神の怒りをしずめる事が出来ました。
この時から天災や、大火の度に集落では餅を滝壺に捧げて竜神の機嫌をうかがう習わしとなりました。
しかし老いた竜神は集落の水を元に戻す力はもうありませんでした。

その後、集落の難儀を見かねた日田代官塩谷大四朗によって天保二年千町無田より水路が設けられ、昔のように稲を作る事ができるようになりました。
その水路記念碑は北方集落の白鳥神社境内にあります。
竜神が岩や木をかきむしって這い登った跡が白鳥神社のそばに残り、「竜神崩え」または「白崩え」と呼ばれ今でも里人に恐れられています。(看板より)


500円払って、ここでも修行です。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

宇奈岐日女神社

2009年03月17日 | 県外の神社
ホテルの窓からは由布岳がまっすぐに。
このホテル、泊まりたかったんだ~

そしてやっぱり眠れぬ夜をすごして、早朝の参拝です。

宇奈岐日女神社(うなぐひめじんじゃ)
ふる~い神社です。












宇奈岐日女神社
鎮座地 湯布院町大字川上字六所2220番地
別名  六所宮 木綿大明神
御祭神 國常立尊
    國狭槌尊
    彦火火出見尊
    彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊
    神倭磐余彦尊
    神渟名川耳尊
御由緒 
創紀は日本神話の伝説上の英雄日本武尊の父、景行天皇が九州西征に行幸された時代に遡り、景行天皇みずから神を祭った親祭の宮である。
嘉祥二年(849年)6月『從五位下』(続日本後紀)。
元慶七年(883年)9月2日『正五位下』(三代実録)に叙されている。
延長五年(927年)『延喜式』の『神名帳』に列記された『式内社』である。
明治六年郷社、大正十二年県社に列せられた。


1200年もの歴史を見守ってきた澄んだ空気と、爽やかな心安らぎを与えてくれる境内の森林は多くの御神木に囲まれていたが、平成3年の台風19号により144本もの木々がなぎ倒された。
その中には樹齢600年を超える大杉が何本かあり、その一部が飾られてあった。








コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする