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大逆事件:1882年に施行された旧刑法第116条、及び大日本帝国憲法制定後の1908年に施行された刑法第73条(1947年に削除)が規定していた「天皇、皇后、皇太子等を狙って危害を加えたり、加え様とする罪。」、所謂大逆罪が適用され、訴追された事件の総称。
幸徳事件:大逆事件の1つで、明治天皇の暗殺を計画したとして、全国の社会主義者や無政府主義者を逮捕・起訴して死刑や禁固刑判決を下した事件で在る。一般に「大逆事件」と言われる際は、此の「幸徳事件」を指す。「幸徳秋水事件」とも言う。此の事件で取り調べを受けた者は数百名を超え、最終的には26名が起訴。24名が死刑、2名が有期刑となるも、明治天皇の名で特赦が行われ、死刑判決を受けた24名中、半数の12名が無期懲役に減刑されるが、12名は死刑となる。
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幸徳事件に付いては歴史の授業で習い、其の概要は良く知っている気でいたけれど、小説「太平洋食堂」(著者:柳広司氏)を読んで、実は“表面的な部分”しか知らなかった事を思い知らされた。此の作品の主人公・大石誠之助氏は実在の人物。社会主義者、キリスト者、医師という顔を持つ彼は、幸徳事件で死刑となった12名の内の1人。恥ずかしい話だが、「太平洋食堂」を読む迄、彼の事は全く知らなかった。
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「目の前で苦しんでいる人から目を背ける事は、どうしてもで出来ん。」。1904年(明治37年)、紀州・新宮に西洋の王様が被る王冠の様な看板を掲げた洋食屋「太平洋食堂」が開店した。店の主人は“髭のドクトル(毒取る)さん”と呼ばれ、地元の人たちから慕われていた医師・大石誠之助。アメリカやシンガポール、インド等に留学した経験を持つ誠之助は、戦争と差別を嫌い、常に貧しき人の側に立って行動する人だった。軈て幸徳秋水、堺利彦、森近運平等と交流を深めて行く中、“主義者”として国家から監視される様になった誠之助に待ち受ける運命とは。
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「D機関シリーズ」で有名な柳広司氏は、一般的に推理作家のイメージが強いけれど、「風神雷神」という実在人物を主人公とした時代小説も、過去に書いている。大石誠之助氏等、実在の人物を取り上げ、幸徳事件に到る過程を描いた「太平洋食堂」は、「“多様性を認めない国家”及び“不完全で曖昧な法律と其の事を悪用した拡大解釈”が、どんなに危険で在るか。」を教えてくれるし、今の日本の状況が非常に似ている事に怖さを感じた。
1947年に削除される迄、刑法に存在した第73条には「天皇、太皇太后、皇太后、皇后、皇太子、又は皇太孫に対し危害を加え又は加えんとしたる者は死刑に処す。」と規定されている。「皇族に対し危害を加えた場合、問答無用で死刑。」というのは“法の下の平等”という観点からすると恐ろしい話だが、柳氏は“加えんとしたる者”という部分が“奇妙”と指摘している。“加えた者”という“過去形”なら未だしも、“加えんとしたる者”というのは“未来形”で、「未来に何が起きるのか、正確に予想する事は何人といえども不可能で在り、未来を裁く文言は、近代法概念から著しく逸脱している。」からだ。
「幸徳秋水氏達が、本当に明治天皇の暗殺を計画していたのか?」は、非常に疑わしいと思う。少なくとも大石誠之介氏に関して言えば、「冤罪だった。」と言い切れるだろう。だからこそ、2018年1月24日に新宮市は、“人権思想や平和思想の基礎を築いた人物”として、彼を名誉市民に認定したのだ。
「時の為政者が、自身の立場を強化すべく、社会主義という言葉を悪用した。」というのが、幸徳事件の実際ではないか?「幸徳事件で逮捕&起訴された者達の裁判は非公開で、1人の証人を呼ぶ事も許されなかった。又、刑法第73条に関する裁判は、再審請求の出来ない一審制だったので、“最初の死刑判決”で死刑が確定した。」というのも、本当に酷い話で在る。
「篤実の人が、冤罪で死刑に処される。」、そんな時代に戻さない為にも、我々は政治に対し厳しい目を向け続ける必要が在る。「為政者を支持する者だけを“国民”として守り、其の他の人達は排斥する。為政者にとって不都合な事が明かになると、不都合な書類を即座に廃棄したり、誤魔化し続け、都合の良い拡大解釈を行う。そんな国家に、明るい未来が在る訳が無い。」事を、多くの人達が気付かなければならない。
総合評価は、星4つとする。