「暦の歴史を変える=エポックメーキングな出来事」と記したけれど、そう書かれても「そんなに凄い事かなあ?」と感じる人も居られる事だろう。暦を変える事でどの様な影響が及ぶのかを、この作品では「宗教統制」、「政治統制」、「文化統制」、そして「経済統制」という4つの側面から記している。
*********************************
【宗教統制】
幕府、すなわち武家が改暦を断行すれば、天皇から“観象授時”の権限を奪うことになる。天意を読みとくことは、古来、王の職務である。と同時に、宗教的権威そのものだった。これがほぼ幕府のものとなり、天皇が執り行う儀礼の日取りを、一日単位、一刻単位で支配するということになる。
これは全国の神事を、また陰陽師の働きを、完全に統制することを意味した。日を決するということは、陰陽思想においては方角を決するということである。方違えの思想はいまだに根強い。ほとんど根源的な禁忌の念として根づいている。それをことごとく塗り替えるだけでなく、幕府のものとして全国に適用することになる。
【政治統制】
日取りを決定するばかりか、今日が何月何日であるか、ということの決定は、全ての物事の開始と終了を支配することに通じる。公文書における日付の重要性は、文芸書の比ではない。幕府の定めた暦日に倣わぬ公文書を作成したと言うだけで処罰の対象となりうる。そんな、いつなんどきでも、誰にでも、どんな難癖でもつけられるような甚大な支配権を幕府が持つ。そのことに対して諸藩が抱く反感はいかなるものであろうか。全国に熾烈な反幕感情を巻き起こすのではないか。
【文化統制】
政務ばかりか文芸をも支配する。公家の反応はどんなものになるだろう。とんでもない反発の嵐になるのではないか。
【経済統制】
頒暦というものが幕府主導で全国に販売されたとする。試しに春海は、頒暦を一部四分として計算してみた。米の売買に倣って、差料等の割合を勘案した。そうして単純計算で、全国の日本人が頒暦を幕府から買ったときの利益を算出してみたのである。(中略)目を剥いて言葉を失うほどの、莫大な利益となった。(中略)そしてその利益が、確実に、年の始りごとに入ってくるのである。
*********************************
本の帯紙には、この作品を絶賛する言葉が幾つも記されていた。その中に「1つのことを成し遂げようとする人の姿がこれほど美しいとは!」というのが在ったけれど、正に同感。又、「たくさん迷ってじたばたしている人にこそ、この物語は読んでほしい。自分の中にある北極星はきっと、春海のようにもがいたらこそ見えてくるのだ。」という言葉にも、強い共感を覚える。将来が見通せず、気持ちにゆとりを見い出せない人々には、特に読んで貰いたい作品だ。
様々な出遭いと別れによって人は変化し、そして成長して行く。暑い夏、読後に清涼感を覚えた。総合評価は星4.5個。