ば○こう○ちの納得いかないコーナー

「世の中の不条理な出来事」に吼えるブログ。(映画及び小説の評価は、「星5つ」を最高と定義。)

産みの親、育ての親

2004年12月16日 | 其の他
週刊文春(12月9日号)」に「DNA鑑定で初めてわかった 46年前に取り違えられた私 『産みの親を探しています!』」という記事が載っていた。現在46歳になる息子が実子ではないとして、70代の夫婦が東京都を提訴したという。記事はその経緯に触れている。

話は8年前に遡る。46歳の男性M氏の母親が初めて血液検査を受けた所、血液型がB型である事が判明。父親がO型、母親がB型、弟がO型であるのに対し、M氏はA型と親子間の血液型が合わない為、実子でないのではないかという疑念が親子の間に沸いたという。DNA鑑定も考えたというのだが、高額だった事や、当時の新聞に「両親がB型とO型→子がA DNA鑑定で実子と判明。」という研究結果の記事が出た事も有り、自分もそういった特殊な血液型だと考えようとしていたのだとか。

しかし、今年の4月に、或るきっかけからDNA検査に拠る親子鑑定を実施した所、両親いずれとの親子関係も否定される結果が出た。父親の血も、母親の血も入っていないという報告に、M氏は大きな衝撃を受ける事となる。考えられるのは、昭和33年4月に彼が生まれた都立墨田病院内での取り違えしかなく、詳細の調査を始めたのだが、当該病院は16年前に閉鎖され、当時のカルテ等の記録類も法定保存年限が5年という事もあって、既に全て廃棄されていたのだとか。M氏は、事実を探る手掛かりも、実の両親を探す為の糸口も、失ってしまったのである。「産院での取り違えにより、家族関係が破壊され、子供は真の親から、親は真の子供から引き離され、又、当時の資料が失われた事で本当の親や子に会えなくなった。この事で、筆舌に尽くし難い精神的苦痛と計り知れない損害を被った。」として、産院を開設していた東京都を提訴したのだ。

M氏の母親は、「本当にまさかのまさかでした。最初の子供で、唯可愛い、可愛いと育てて来たんです。今更一人前になってから違うと言われて、精神的にガックリ来てしまいました。確かに小さい時から『似ていない。』と言われる事は有りました。私達とは体格も違い、『この子は一体誰に似たんだろう?』とも言われました。一番嫌やだったのは、『浮気したんじゃないの?』と幾度と無く疑われた事。それが違うと証明された事は、一つスッキリしたのですけれど・・・。」と当惑を隠し切れない。

又、父親は、「ずっと実の子供だと思っていた訳だし、ピンと来ないですよ。あの子は親思いの優しい子です。唯、(鑑定結果を聞いて以降)酒の量が多くなりました・・・。」と複雑な心境を語る。真の親子と疑う事もなく、ずっと親愛の情を交わす関係にあった者同士でも、親子関係が無いと判ると、割り切ろうとはしても酒量が増えてしまうものなのかと儚さが募る。

母親はこうも語っている。「本当の子供がどう育ってどんな生活してるのか、それは勿論気になります。でも、もし会えた瞬間どうなってしまうのか。(M氏の)弟とそっくりの顔がそこに在るのか。何とも言えないですね、倒れちゃうかもしれない。」と。

話をM氏が生まれた昭和30年代に戻すと、当時の看護婦は「戦後の女工哀史」と言われる程、劣悪で過酷な勤務状況に在ったという。出産数も多く、赤ちゃんのケアも”流れ作業”で行わないと、手が廻らなかったのだそうだ。赤ちゃんの沐浴をとってみても、風呂に連れて行く係と入れる係が別になるケースが多く、赤ちゃんの見分けも、腕や足に付けられた標識でのみされていた。その標識も、肌荒れを起こし易いセルロイド製が主だった為、沐浴の度に外されるケースが多く、取り違えが多発したのだとか。”赤いシリーズ”を彷彿とさせる取り違えの現実が、当時は多く転がっていたのだろう。

M氏は、産みの父母に会いたいという気持ちが日増しに強くなっていると語る。育ての親である父母に親愛の情を感じつつも・・・。

所謂”御対面番組”で良く感じる事が在る。M氏の様に最大限の愛情を注がれて育てられた両親が、実は育ての親だと判った時、産みの親を探そうとする人々。育ての親の愛情を感じつつも、産みの親を探す彼等に、「見も知らずの親であっても、探したいと思うものなのだろうか?」と。当事者でないからこそ、そう思うのかもしれない。自分がその立場にあれば、探したいと思うのかもしれない。もしそうであれば、”血が呼ぶ”という事なのだろうか。

「ザ・ノンフィクション」(フジテレビ系列で、日曜日14時から14時55分放送。)という番組を良く視聴しているのだが、以前、親の顔も知らず、ずっと孤児院で育って来た20代の青年を取り上げていた。どうしても、産みの親と会いたいと思った彼は、少ない手掛かりを元に親を探し歩き、母親を見つけ出す。様々な”傷”を持つ者同士が集まった寄り合い所帯で生活していた彼女は、飲んだくれの一面も持っていた。職人として自立していた彼は、そんな彼女の面倒を見たいと、自分の住むアパートに引き取る。親の愛情を全く知らない彼は、”初めて会う”母親と生活する事で、過去を必死に取り戻そうとしているかの様だった。料理すらも満足に出来ない彼女を献身的に面倒を見る彼。

しかし、そんな息子の思いを知ってか知らずか、何もする事もなく、唯ひたすら酒に浸る日々を送る母親。親子の情愛が生まれるどころか、互いにギスギスした環境になって行く。やがて、彼女は外で飲み歩く様になり、やがて姿を消す・・・。

必死に母親の行方を探す息子だが、なかなか見付からない。やっと数日後に、離れた場所で飲んだくれて彷徨っていた母親が、警察に保護されたという連絡を受け、又引き取る事となる。今度こそ、親子の関係を取り戻そうと面倒を見る彼だったが、又もや彼女は姿を消してしまう。番組は、今も母親の行方を探し続ける彼の姿で終わっていた。「見付け出して、面倒見てやりたい。」という言葉と共に・・・。

単に血で繋がっているというだけで、愛情すらも与えて貰えない”母親”に対して、そこ迄献身的に尽くそうとする彼を自分は理解出来なかった。信じても信じても、裏切られ続ける彼が、堪らなく切なかった。

それでも彼は母を探し続けている・・・。
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1 コメント

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私は (AA)
2004-12-16 07:35:13
わかるような気がします。

自分はたんぽぽの綿毛からうまれたんじゃないとおもいたいんだと思います。
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