「『日本がして来た事は“全て”正しく、日本にとって不都合な指摘は“全て”誤りだ。』みたいな“非現実的な主張”を態々口にし、他国民の感情に火を点ける様な輩。」はどうかと思うが、一方で「“恨の文化”から、過去の事を何時迄も引き摺り続ける人達。」というのも又、どうかと思っている。
「加害者は加害した事を直ぐ忘れ得ても、被害者は加害された事を中々忘れ得ない。」という事なのだろうが、其れにしても程度が在る。と言って、戦時中には「鬼畜米英」を国家のスローガンにしていたのに、敗戦となるや否や、鬼畜だった米英の文化を嬉々として受け容れた、日本人の変わり身の早さというのも、可成りの程度だが。
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ふいに、桐野は全く別の感慨に囚われた。最新式の製糸場で働いている、時代に取り残された侍の娘たちのことを思い浮かべたのだった。しかも、彼女たちを指導しているのは、つい数年前まで、夷狄と恐れ卑しんでいたフランス人たちなのだ。古いものと新しいものが、渾然一体となっている。この富岡製糸場は、いわば、現在の日本の縮図なのかもしれない。
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翔田寛氏の小説「探偵工女 富岡製糸場の密室」に記されていた文章だが、敗戦より70年以上前の日本にも、“変わり身を早くせざるを得なかった環境”が在った訳だ。
今年、第38回世界遺産委員会で、世界遺産に正式登録された富岡製糸場。ニュース等で大きく取り上げられた事から、多くの人が知る存在となったが、其れでも「判っていた様で、実際には判っていなかった事柄。」というのは、未だ在ったりする。上記した「富岡製糸場は、いわば、現在の日本の縮図。」という当時の姿も、そんな1つかもしれない。
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明治新政府が、総力を挙げて建設した富岡製糸場。開業翌年の明治6年、時の皇太后と皇后が其の地へ初めての行啓をする直前に、工女・杉山たえ(すぎやま たえ)が死体となって発見された。開業前に流れていた「工女になると、生き血を吸われる。」という奇怪な噂は、本当だったのか。
更に別の工女・小野沢いと(おのざわ いと)が忽然と姿を消し、工場に暴動の危機が迫った時、彼女達の若き傍輩・尾高勇(おだか ゆう)が立ち上がる。
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「動乱の明治維新終結が、1877年の西南戦争終結を以ってして。」とするならば、「探偵工女 富岡製糸場の密室」の舞台となった明治6年(1873年)は、明治6年政変が起こったりと、未だ未だ動乱の最中に在ったと言って良い。少し前迄は“敵”として戦っていた「佐幕派」、「討幕派」、そして「外国人達」が、“表面的には”矛を収めていても、“腹の中では”強烈な憎悪の念を持っていたで在ろう複雑な社会。
そんな社会の縮図の様な富岡製糸場で“密室殺人”が起こり、其の謎を足掛け4日で解き明かすのが、工場長・尾高惇忠(おだか あつただ)の娘で在り、(富岡製糸場の)工女第一号でも在る勇。
面白く無い訳では無いのだが、「うーん。」と思ってしまう内容。真犯人及び其の動機が、比較的早い段階で察しが付いてしまったし、舞台を態々「明治6年の富岡製糸場」にした必要性が、余り無かった様に感じるからだ。
又、密室のトリックも安直過ぎる。彼の程度のトリック、勇が気付く迄、警察が全く気付かなかったというのも、不自然な感じがする。
総合評価は、星3つ。