表面的な言動“のみ”から、其の人物の“真の姿”は判らない。とは言え、或る程度の“キャラクター”は窺い知れるだろう。でも、「鵺の様に掴み所が全く無い。」と思えてしまう人も、世の中には存在する。歴史上の人物で言えば、織田信長なんぞは“判り易いキャラクター”と思うが、足利尊氏なんぞは「どういうキャラクターなんだろう?」と首を捻ってしまう。
室町幕府・初代征夷大将軍の彼の名前を知らない人は、極めて少数派だろう。又、歴史の教科書に取り上げられていた彼の肖像画も、余りに有名だと思う。然し、彼の肖像画、今では「足利尊氏の側近で、家宰を務めた高師直で在る。」というのが定説になっている。
【足利尊氏と“されて来た”肖像画】
そんな感じで見た目が判らなくなった事に加え、「文献を読めば読む程、足利尊氏という人物の“キャラクターの薄さ”や“熱量の無さ”を感じてしまう。」事が、「鵺の様に掴み所が全く無い。」という事に繋がる。最終的に権力を握った人物なのに、彼からは“権力に対する執着心”が感じられないし、「実弟・直義や家宰・高師直から何度か裏切られ&戦いを挑まれても、結果的に許してしまう。」というのが、“戦乱の世に在っての不思議さ”を自分には与え、其れが“キャラクターの薄さ”や“熱量の無さ”に結び付いてしまうのだ。
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遣る気無し。使命感無し。執着無し。何故、こんな人間が、天下を獲れてしまったのか?
動乱前夜、北条家の独裁政権が続いて、鎌倉府の信用は地に堕ちていた。足利直義は、怠惰な兄・尊氏を常に励まし、幕府の粛清から足利家を守ろうとする。軈て後醍醐天皇から北条家討伐の勅命が下り、一族を挙げて反旗を翻した。
一方、足利家の重臣・高師直は倒幕後、朝廷の世が来た事に愕然とする。後醍醐天皇には、武士に政権を委ねる 積り等無かったのだ。怒り狂う直義と共に、尊氏を抜きにして、新生幕府の樹立を画策し始める。
混迷する時代に、尊氏の様な意志を欠いた人間が、何度も失脚の窮地に立たされ乍らも、権力の頂点へと登り詰められたのは何故か?幕府の祖で在り乍ら、謎に包まれた初代将軍・足利尊氏の秘密を解き明かす歴史群像劇。
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第169回(2023年上半期)直木賞を受賞した小説「極楽征夷大将軍」(著者:垣根涼介氏)は、足利尊氏、足利直義、そして高師直という3人を主人公に据え、謎多き足利尊氏の“実像”に迫った作品だ。
“正室”の子で在る兄・高義とは異なり、側室の子、即ち“庶子”として生まれた尊氏&直義兄弟。父や家臣達から重きを置かれない“日陰の身”だった彼等だからこそ、幼い頃より兄弟仲は良かった。然し、高義が若くして亡くなった事で、2人の人生は大きく変わる。尊氏が足利家の棟梁となり、直義は其の最側近となったのだ。人柄は滅法良いが、優柔不断で面倒な事からは逃げ回る質の尊氏を、直義は献身的に支え続けるが、家宰を務める高師直と次第に軋轢を生じて行く。軈て、政務を司る直義と軍務を司る師直との関係は抜き差しならぬ物となって行き、2人は其れ其れ尊氏にも刃を向ける様に。
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確固たる生き方の規矩を持たず、現世での苛烈な野心も、我が生に対する使命感のようなものも格別にはなく、それゆえに自己の不在という虚しさに折り合いを付けることも叶わないまま、時に無気力になり、欲望が剥き出しの時代の中に漂い続ける。存在の希薄さゆえの、自己矛盾を抱え続ける。
それでもなんとか人並みにさえ生きられれば、充分ではないかと願っている。実は『人並み』などという生き方は、どこにも存在しないと薄々気づいているにもかかわらずだ。
このような精神構造の人間が中世に武門の盟主として実在し、逆に塩味のたっぷりと利いた後醍醐天皇を駆逐して、室町幕府の初代征夷大将軍に就任したこと自体、日本史上の奇跡ではないだろうか。
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「人柄は滅法良いが、優柔不断で面倒な事からは逃げ回る質の上司。」というのは、部下からすると非常に厄介な存在だ。嫌な人間ならば見放せば良いだけの事だけれど、憖人柄が滅法良いとなると見放すのも抵抗が在るし、却って「自分が支えないと。」という思いになってしまうから。(歴代の総理大臣の中にも、そんな人物が存在していたりする。)
「極楽征夷大将軍」を読んで、「『鵺の様に掴み所が全く無い。』と感じていた足利尊氏が、何故、天下を獲れたのか?」の理由が少し理解出来た。彼の“極楽蜻蛉的気質”が“時代”に合い、少なからずの人達が支えたくなったのだろう。
そんな“御人好し”な面の在る尊氏が、自身の落胤・直冬に対しては“冷たい態度”で接し続けたというのは興味深い。血を分けた子供で在り、尚且つ自分達兄弟と同様に日陰の身で在った直冬なのだから、溺愛しそうな物だが・・・彼を認める事で“御家騒動”が起こる事を懸念したのかも知れない。
総合評価は、星4つとする。
乃木希典ですか、成る程、足利尊氏とオーヴァーラップする所は在りますね。若かりし頃、田原坂の戦いで連隊旗を薩軍に奪われる等、乃木さんは決して戦上手では無かった。寧ろ戦下手と言って良いでしょうね。そんな彼の尻拭いをしたのが仰る様に児玉源太郎な訳ですが、国民的人気から言えば、彼と乃木さんとでは雲泥の差が在る。矢張り、戦で3人の息子(実子)を失っている事に加え、明治天皇に殉じて妻と自決したという“悲劇性”が大きかったのだと思いますが、人から好かれたという点では足利尊氏と似ている気はします。
多大な犠牲者を生み出すも203高地を攻略できない無能な将軍でありながら、国民から憎まれることなく、最後は忠義の臣として神に祭り上げられた乃木希典。
彼の尻ぬぐいで神経をすり減らし寿命を縮めた児玉源太郎。
あくまでも小説の中でのことで、史実がどうだったかまでは分かりませんが、乃木希典という人物が足利尊氏とダブってしまいました。