ば○こう○ちの納得いかないコーナー

「世の中の不条理な出来事」に吼えるブログ。(映画及び小説の評価は、「星5つ」を最高と定義。)

「明日のマーチ」

2011年09月06日 | 書籍関連

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派遣切りされた怒りや不安も、歩き出したら忘れられた。飯は美味いし、澄んだ夏の空は無限に広がる。野宿して見上げた夜空の下で、廃校の教室で、気が付いた。俺達って思ったより逞しい、未来は変えられるんだ。

 

山形県鶴岡から東京600km。数百人の仲間(フォロワー)を得た4人が行き着く先は・・・。

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石田衣良氏の小説「明日のマーチ」は、派遣社員として働いていた工場から唐突に契約を解除された4人の若者を描いている。眼鏡を掛け、4人の中では一番背の低い黒瀬伸也は、正確で素早い作業には定評が在ったものの、短期で反抗的な面をしばしば見せる人物で、何故か中国及び中国人を異常な迄に嫌悪している。中国残留孤児三世の林豊泉(りん・ほうせん)長髪のほっそりしたイケメンで、常に明るさを絶やさない青年。「将来は美容師になりたい。」という彼は、美容専門学校に入学するの金銭を貯めるべく、派遣社員として働いていた。就職活動に悉く失敗し、大学を卒業して以降はずっと派遣社員として働いて来た春原陽介は、客観的に物事を判断出来る人物だが、其れに「自分自身」という物を前面に押し出せない弱さが在るとも言える。20代半ばの3人よりは若干年上と思われる三津野修吾は、大柄でがっしりとした体格。寡黙で、必要最低限の事しか話さない彼は、何処か暗い影を感じさせる人物で、契約社員として職場を転々として来た過去が。

 

唐突に仕事を失い、「此れからどうしようか?」と困惑している伸也と豊泉、そして陽介の3人を尻目に、修吾は鶴岡から東京迄の約600kmを徒歩で帰ると言う。過去に何度も「長距離徒歩と野宿で暮らし来た。」という修吾に、“明確な明日”を持ち得ない3人は興味本位も在って、行動を共にする事にした。1日で1万アクセスを超える日も在るという人気ブログを運営している伸也は、「明日のマーチ」なるタイトルのコーナーをブログ内に立ち上げ、ツイッターと共に「4人の徒歩生活」を逐一情報発信する事にしたのだが、其れが大きな反響を得る事に。

 

何事にも言えるのだが、或る事柄で大きな反響を得た場合、其の反響にはプラス面と同時にマイナス面も在るのが普通。強い共感を得る一方で、強い反発や妬みが生じたりするもので、近付いて来るのは「善意の者」許りでは無いのは、其れなりに人生経験を積んだ方ならば理解出来る事だろう。

 

興味本位で始めた行動がマスメディアに大きく取り上げられた事で、「時代の寵児」と化して行った4人。「注目を集める事を純粋に楽しんでいる者。」、「『現状から抜け出す為の手段にしたい。』と考える者。」、「スター扱いされる事に違和感覚える者。」、そして「騒ぎに巻き込まれる事に不快感と、強い警戒心を持つ者。」と、4人の立ち位置の違いが興味深い。

 

ストーリーが進む過程で、其れ其れの「過去」が明らかとなって行く。伸也は何故、異常な迄に中国及び中国人を嫌悪するのか?常に明るさを絶やさない豊泉の意外な過去とは?修吾の封印して来た過去とは?誰しも「過去」が「現在」に大きな影響を及ぼしているものだけれど、中には「方向違いとしか思えない怒りの矛先」が在ったりもする。又、「こういう過去が在れば、生き方が大きく変わってしまうのも当然だろうなあ。」という場合も。「4人の中で、誰に最も共感を覚えるか?」は、読む人其れ其れに異なる事だろう。

 

心に残る文章が幾つか在ったけれど、一番強く残ったのは以下の物。自分も含めて、自戒しなければいけない事だと思う。

 

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ときどき陽介は考えることがあった。伸也はほんとうはブログに書くネタを集めるために、東京までの徒歩旅行を続けているのではないか。生きることがネットの素材になってしまっているのだ。よりよく生きるための道具としてネットがあるのではなく、現実がヴァーチャルな世界に奉仕するための素材としてある。すべてが逆転している。

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「弱い立場の人間が抱える問題を、見落とさずに掬い上げる。」というのが、石田作品の真骨頂時にはドラスチックな記述を用い乍らも、弱者に対する「柔らかな視線」が根底に在り、「希望」を感じさせるエンディングは良かったと思う。

 

総合評価は星3.5個


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