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吉法師は母の愛情に恵まれず、何時も独り、外で遊んでいた。長じて信長となった彼は、破竹の勢いで織田家の勢力を広げて行く。
だが、信長には幼少期から不思議に思い、苛立っている事が在った。どんなに兵団を鍛え上げても、能力を落とす者が必ず出て来る。
そんな中、蟻の行列を見掛けた信長は、或る試みを行う。結果、恐れていた事が実証された。神仏等居る筈も無いが、確かに“此の世を支配する何事かの原理”は存在する。軈て案の定、家臣で働きが鈍る者、織田家を裏切る者迄が続出し始める。
天下統一を目前にして、信長は改めて気付いた。今、最も良い働きを見せる羽柴秀吉、明智光秀、丹羽長秀、柴田勝家、滝川一益。彼の法則によれば、最後には此の5人からも1人、俺を裏切る者が出る筈だ。
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垣根涼介氏の小説「信長の原理」。「原理」とは「基本法則」を意味するが、此の作品では織田信長が気付いた或る原理を元に、彼の家臣団に付いて記している。
では、信長が見付け出した原理とは、一体何なのか?其れは孤独の中に在った彼が幼少期、野外で蟻の集団を見ていて気付いた事で、長じてから家10人に命じて調査&実証した原理だった。
蟻の通り道に饅頭を置き、彼等の反応を見た所、「2割は常に必死で働き、6割は周りの様子を見乍ら適当に働き、そして残りの2割はサボっている。」のだ。
過去、「要領が良い奴は、何処の世界にも居るという事か」及び「“働かない”のには理由が在る」と、蟻に関する記事を書いた。其の中で紹介したのが「パレートの法則」で、今では「社会を構成する要素の中で、全体の80%は重要だが、残り20%は重要では無い。」といった意味合いで使われている。又、此の法則に基づく「働き蟻の法則」というのが在り、「働き蟻の社会は、全体の20%が必死で働き、60%は適度に働く。そして、残りの20%は全く働かない。」という内容。「20:60:20」の法則が、蟻の世界に存在すると言う。
信長が「働き蟻の法則」に気付いていたかどうかは知らないが、「信長の原理」では「気付いていた。」という前提で記されている。「能力の高い者を抜擢し、徹底的に鍛え上げても、戦地では期待する程の結果を残せない家臣団。」に苛立つ信長。「2割は常に死に物狂いで戦い、6割は周りの様子を見て戦う日和見の者達。此の日和見の者達は戦況が自軍にとって有利となれば必死で戦うが、不利になると逃げたり、裏切ったりする。そして、残りの2割はサボっている。」様に見受けられる。
「2割の常に死に物狂いで戦っている者達」、「6割の日和見の者達」、「2割のサボっている者達」という3つのグループに分けても、時間が経つと、其のグループの中で「20:60:20」の法則に基づくグループが出来上がる。高い能力を有していても、時の経過と共に能力が落ちて行ったりする者も居るからだ。
ストーリーは、信長や其の家臣達の目を通して展開して行く。或る時は信長の目で、又或る時は秀吉や光秀、勝家等の目で。「働き蟻の法則」を基にして、より強い家臣団を作ろうと苦慮する信長と、集団から篩い落とされない様に足掻く家臣達の姿が、実に人間臭くて興味深い。
総合評価は、星4.5個とする。