「子供の頃夢中になって見ていた刑事ドラマ『Gメン’75』の全作品をDVDコレクションした『Gメン’75 DVDコレクション』。」を定期購読しており、当ブログでも過去に何度か記事にしている。今回の記事も、先日発売された第38号の内容を元にして書く。
第38号に収録されているのは、第112話(1977年7月9日放送)~第114話(1977年7月23日放送)。何れも45年前の作品だ。
第112話のタイトルは「宇宙食の恐怖」。不思議なタイトルだが、此の作品での“宇宙食”とは、“覚醒剤”を意味している。と言うのも、放送された当時の1977年は、第2の覚醒剤乱用期だったのだ。
第1の覚醒剤乱用期は、“ヒロポン”が誰でも合法的に購入出来た1943年~1950年。1951年に覚醒剤取締法が制定・施行された後、1954年には罰則も強化された事で、其の数年後には、第1の乱用期は終息を迎えたそうだ。(1954年には5万人以上だった検挙者数が、瞬く間に千人を下回ったとか。)
だが、闇ルートでの流通は続き、約20年後の1976年には、検挙者数が1万人を超えるに到った。1977年には「芸能界麻薬汚染事件(~1978年)」が発生。当時、世間を騒がせたのを覚えている。此方に摘発された芸能人が紹介されているが、若い人達だと「えっ!?こんな人達も、摘発されていたの?」と驚く事だろう。
第113話のタイトルは「ガンを宣告された刑事」で、文字通り“癌を宣告された刑事”が取り上げられている。癌は今でも“恐ろしい病気”で在るのは変わらないけれど、其れでも昔よりは格段に“生存率”が上がった。放送された1977年頃は、「癌罹患=死」というイメージが一般的。だから、当時の日本では「癌患者の身内に、医師が癌告知をする事は在っても、癌患者本人に告知する事は稀だった。」と思う。
第38号の記事によると、「アメリカでは1961年の時点で、『患者に癌告知する。』という意見を述べていた医師は僅か12%。だが、第113話が放送された197年には、98%にもなっていた。其の背景には、1960年代のアメリカで『知る権利』が叫ばれた事や、其れに伴って、殆どの州で、患者に癌告知しなかった医師が、後に訴えられた際、医師が敗訴する様な法制化が整ったという事情が在った。日本では、平成に入り、1990年代の中盤から『インフォームド・コンセント』という考え方が根付いて、漸く告知率が30%程度にアップ。2008年頃の調査では、更に70%程度迄アップした。」と言う。